2000年12月  電子協 ニューヨーク駐在・・・長谷川英一

米国におけるIT R&D政策の動き


はじめに

 今年も11月13日から20日までラスベガスにおいて開催された秋のCOMDEXに行く機会を得たので、最初に感想などを述べておこう。


 COMDEXを見るのも連続4回目となるが、今回は20万人に参加者が納まるようにしたとの開催者のコメントもあり、例年にない寒さも手伝って会場も冷え込むかと思ったが、熱気は相当のもので、賑やかさはこの4年間あまり変わっていない気がした。


 展示の方は例年と同様に、コンベンション・センター南館の花道にマイクロソフトが陣取っているが、年々花道に近づきつつあったソニーが、遂にマイクロソフトの隣に来ることになったと言うのが印象深い。今年も東芝、日立、キャノン、サンヨー、オリンパス、パイオニア、カシオなど南館の常連日本企業が並んだが、昨年の富士通に続き、NECも欠け、パナソニックやシャープなどが小規模な展示になっていたのがややさびしい気もした。一方で、例年シスコなどのネットワーキング企業が入る北館が、ワイヤレス人気を反映して大変充実し、賑わっていたのが印象的であった。


 展示の内容としては、昨年に引続き、インフォメーション・アプライアンスの分野が目立っており、マイクロソフトのゲイツ会長が日曜の夜に示したタブレット型のPCや、ゲートウェイとAOLが開発したインターネット・アクセス専用のアプライアンス、お馴染みのパームやバイザー、ポケットPCなどのPDA、さらには漸く現れ始めたPDA機能を内蔵したスマート・フォン、あるいはそれらのアクセサリーやメモリー・デバイスなどをあちらこちらで見ることが出来た。しかも、これらのインターネットへの接続の基本はワイヤレスとされており、ブルートゥースの立上りはまた来春に延びたものの、これらアプライアンスやPC、ペリフェラルなどがワイヤレスで繋がるという構図が現実に近づきつつあることが感じられた。ホーム・ネットワークもワイヤレスが中心にフィーチャーされていたし、ワイヤレス・イーサネットのコンソーシアムの展示も注目を集めていた。


 もともとハード中心のショーであり、ドットコム企業の元気がなくなっているせいもあってか、ドットコム企業はもちろん、ソフトウェアやソリューションなどの影が薄く、また併催されたASPやLINUXのコンファレンスもやや低調であったようにも聞いた。しかし、最初に述べたように、全体としては大変な盛り上がりが感じられ、20世紀の最後を飾るのにふさわしいような熱気を帯びたショーだったと思う。


 さて、以上が恒例のCOMDEXの感想であるが、今回のレポートは米国のIT R&D政策の動きについてのものであり、その意味からは、その前週(11月4 〜10日)にダラスで開催されたSC2000(http://www.sc2000.org)にも参加しているので、そちらの印象を報告しておかなければならない。SCに行ったのは昨年のポートランドに続き2回目であるが、COMDEXとは違い、研究者(今回は5千人以上が参加)の研究発表・交流の場であるため、私などが歩き回るのには場違いな感じがあるものの、展示においては研究者でなくてもわかるように見せて説明してもくれるので、大変参考となるイベントである。


 約150の展示者の内訳としては、大まかに米国が7割(4割が民間企業、3割が公的研究所と大学)、日本が2割(民間と公的機関が半々)、残り1割が欧州他と言うところであろうか。展示の中心はもちろんスーパーコンピューティングであり、ハードとしてはサーバーやPCクラスターが展示され、また画面で見せているのはそれらを用いたアプリケーションの成果である。人垣を集めていたのはやはりここのところ受注の発表が続いているコンパックとIBMであり、やや離れてサンとクレイといったところであった。後述するようにコンパックはアルファサーバーにより、2月にフランス核エネルギー研究所、8月にピッツバーグ・スーパーコンピュータ・センター、そして10月にはアスキーQの受注を獲得するなど、この分野で最も上り調子の企業となっている。IBMもRS/6000 SPにより、4月にはサンディエゴ・スーパーコンピュータ・センターにブルーホライゾンとして納入し、6月にはアスキーホワイトを完成し、8月にはボストン大学からの受注も決めているなど、今やSCの世界では有名なトップ500リスト(http://www.top500.org/list/2000/11)の4割以上を占めるところまで来ている。一方でサンはUltraSparc-IIIチップが出たばかりで波に乗れていない印象であり、クレイ(昨年報告したテラコンピュータ社がSGI社からクレイ部門を買収してクレイに社名を変えた)も、旧クレイ社としては新製品が出ておらず、テラのマルチスレッド機もチップのCMOS化に手間取っていて、停滞気味のようである。もちろんそれら民間企業に負けず、NASAやDOEの研究所、大学のスーパーコンピューティングセンターやそれらのアライアンスなども、ビジュアルな展示により、多くの聴衆を集めていた。


 NEC、富士通、日立の日本勢も立派なブースを構えていたが、例の高関税により、商業的に米国で売ることが難しくなっているせいか、やや寂しい感じがしたと言っては怒られてしまうだろうか。もちろん、MPPではなくベクトル・コンピュータを使いたいと言う米国の研究者が、相当数、激励(?)に訪れてくれていたようではあるが。日本のリアルワールドコンピューティングやその他の公的研究機関や大学も中身の濃い展示をしていたが、もう少し集まって工夫をした展示をすることなどで、さらにプレゼンスを高めることができるのではないかという気もした。日本ではこの分野をコーディネートできるようなところはないのだろうか。でも、SC2000のゴードン・ベル賞(NSFでHPCCを企画した責任者の名をとった、指定された科学計算の最速記録に与えられる賞)を理研と東大が共同受賞したのは大変栄誉あることで、心強く感じるものがあった。


 と言うことで、これも内容のない感想のみになってしまったが、このSC2000での取材や連邦政府を中心とする各種のウェブサイト、ワシントン日米コンサルティングの提供情報などを基に、以下に米国のIT R&Dのアップデートを試みてみよう。



1. 2001年度予算を巡る動き

 2001年度に入って2ヶ月も過ぎようと言うのに、ブルーブック(後述)にある2001年度予算要求額(図表1、2)を掲げるのはおかしな気もするが、今年は11月末時点で、未だ13の歳出承認法案のうちの4本(NIH、商務省、財務省などが関係するもの)が発効していないため仕方がない。また、各省庁の歳出承認が下りてからもNCO(National Coordination Office for Computing, Information, and Communication)(http://www.itrd.gov)が表の形に整理するのには、例年かなり時間がかかっていることから、今回も来年初めの2002年度予算要求段階まで、表がまとまることは期待できないようだ。しかし、AAAS(http://www.aaas.org)がまとめているところなどを見ると(図表3)、主要な省庁においてR&D予算は順調に伸びており、IT関連についてもかなり期待できる模様である。例えばNSFなどは、要求の17.3%増こそ達成できなかったものの、記録的な13.4%増の32億ドルのR&D予算を獲得しており、後述するITR(Information Technology Research)プログラムも前年の900万ドルから2,150万ドルに増大している。


図表1.2000年度連邦IT R&D予算額(単位:100万ドル)

HEC I&A

HEC R&D

HCI & IM

LSN

SDP

HCSS

SEW

Totals

(参考)

FY1999

NSF

206.0

83.8

91.6

81.2

(25)

15.8

9.6

28.6

517

301

(25)

DARPA

20.3

16.2

40.3

69.9

(36)

30.0

17.9

0.0

195

141

(50)

NASA

99.4

25.4

5.5

20.1

(10)

10.0

6.5

6.7

174

93

(10)

NIH

30.9

3.2

71.8

63.0

(5)

0.6

6.2

6.9

183

103

(5)

DOE OS

65.1

19.0

8.0

24.8

0.0

0.0

2.6

120

126

(15)

NSA

0.0

31.7

0.0

1.7

0.0

47.3

0.0

81

27

NIST

3.5

0.0

6.2

5.2

(5)

0.0

3.5

0.0

18

13

(5)

NOAA

13.2

0.0

0.5

2.7

1.4

0.0

0.0

18

12

AHRQ

0.0

0.0

4.1

3.7

0.0

0.0

0.0

8

8

OSD/URI

0.0

2.0

2.0

4.0

1.0

1.0

0.0

10

-

EPA

3.9

0.0

0.0

0.0

0.0

0.0

0.0

4

4

Subtotals

442.3

181.3

230.0

276.3

58.8

92.0

44.8

1,328

828

DOE ASCI

86.6

27.3

0.0

23.5

39.9

0.0

40.2

218

484

Totals

528.9

208.6

230.0

299.8

(81)

98.7

92.0

85.0

1,546

1,312

(110)

 

 

図表2.2001年度連邦IT R&D予算要求額(単位:100万ドル)

HEC I&A

HEC R&D

HCI & IM

LSN

SDP

HCSS

SEW

Totals

NSF

285.2

102.1

135.8

111.2

(25)

39.5

20.5

45.3

740

DARPA

54.6

56.5

48.0

85.3

(30)

55.0

8.0

0.0

307

NASA

129.1

25.8

17.9

19.5

(10)

20.0

9.1

8.3

230

NIH

34.5

3.4

99.6

65.6

(5)

0.7

6.5

7.0

217

DOE OS

106.0

30.5

16.6

32.0

0.0

0.0

4.6

190

NSA

0.0

32.9

0.0

1.9

0.0

44.7

0.0

80

NIST

3.5

0.0

6.2

4.2

(4)

2.0

8.5

0.0

24

NOAA

13.3

1.8

0.5

2.7

1.5

0.0

0.0

20

AHRQ

0.0

0.0

8.1

7.4

0.0

0.0

0.0

16

OSD/URI

0.0

2.0

2.0

4.0

1.0

1.0

0.0

10

EPA

3.6

0.0

0.0

0.0

0.6

0.0

0.0

4

Subtotals

629.8

254.9

334.7

333.8

120.3

98.3

65.2

1,838

DOE ASCI

131.8

36.5

0.0

35.0

40.2

0.0

55.7

299

Totals

761.6

291.4

344.7

368.8

(74)

160.5

98.3

120.9

2,137

(研究項目名)

HEC I&A : High End Computing Infrastructure and Applications

HEC R&D : High End Computing Research and Development

HCI & IM : Human Computer Interface and Information Management

LSN : Large Scale Networking (( )内はNGI予算で内数)

SDP : Software Design and Productivity

HCSS : High Confidence Software and Systems

SEW : Social, Economic and Workforce

(研究機関名)

DOE OS : Department of Energy, Office of Science

AHRQ : Agency for Healthcare Research and Quality

OSD/URI : Office of the Secretary of Defense / OSD’s University Research Initiative



図表3.主要R&D省庁の2001年度R&D予算歳出承認状況(対前年度伸び率)


 さて、昨年度の議会での予算審議の際と同様、今回も両院でのR&D予算に関係する法案の審議が、最終的に通りはしなかったものの、予算増額にかなりの影響を与えている。下院における法案は昨年12月にも詳しく報告した、ジェームズ・センセンブレナー下院科学委員会議長(共和/ウィスコンシン)提出の、H.R.2086「ネットワーキング・情報技術研究開発法案(Networking and Information TechnologyResearch and Development Act = NITRD)」である。NITRD法案は1991年ハイパフォーマンス・コンピューティング法を修正し、NSF、NASA、DOE、NIST、NOAA、EPAのR&Dの2000_2004年度の予算承認をしようとするもので、6省庁合計の額としては2000年度8.7億ドルを2004年度10.5億ドルまで拡大している。しかし、昨年の議会審議の過程においては、共和党の大規模減税案を巡って、科学技術予算増大などの議論は後回しにされてしまい、NITRD法案も昨年9月に科学委員会は通過していたものの、本会議で審議されるには至らなかった。しかし、センセンブレナー議長の強い意向で、昨年11月の第106議会の前期終了に当たって、同法案が正式に下院本会議上程となり、今年の2月15日、あっという間に下院本会議を通過している。


 ところが、上院においては、このNITRD法案に加えて、連邦政府全体の研究投資を大幅に増大しようとする「研究投資法案」を組み合わせたS.2046「連邦研究投資法案・次世代インターネット2000法案(Federal Research Investment Act / Next Generation Internet 2000 Act)」が、2月9日にウィリアム・フリスト上院議員(共和/テネシー)によって提出された。心臓移植外科教授から94年に政界入りしたフリスト上院議員は、商業・科学・運輸委員会科学・技術・宇宙小委員会の議長であると同時に、ヘルス関連R&D政策推進の第一人者でもあることから、ITのみではなく、全R&D予算の増大としなければ気が済まなかったのは当然のことだろう。同じ共和党の重鎮であるセンセンブレナー下院議員と衝突しつつも、9月21日にこのフリスト法案を上院で可決してしまった。フリスト法案の後半部分はNITRD法案とほとんど同様のものとなっているが、前半の研究投資の部分は、2011年年度までの11年間で連邦の非国防R&D予算支出を、現行の連邦裁量予算(federal discretionary budget)の6.8%のシェアから10%にまで拡大すると言う高いゴールを掲げているものである。具体的な承認額としては2001年度の431億ドルを2005年までに534億ドルまで増大し、その後の2006年度から2011年度までは、連邦裁量予算の伸びやインフレ率を見つつ、10%のシェア(約800億ドル程度)になるまで伸ばしていくというもの。


 R&D推進の立場の者からすれば、羨ましいような法案であるが、さすがにツー・アンビシャスであり、9月19日にセンセンブレナー下院議員はフリスト上院議員に書簡を出して強い異議を表している。「過去4ヶ月半にわたり私が指摘してきたように、非国防分野の全R&D連邦機関への単一包括の長期予算承認法案は支持できない。私の見解では、そのような予算承認は、下院科学委員会の効率的な立法機関としての能力を損なうことにつながり、科学研究への予算支出に真の支持を与えることにはならない。」と言うもの。つまり、個別のR&D項目/ 機関の予算の増減を掌握することこそ、委員会の使命であり、そんな長い期間を縛ってしまっては、委員会の裁量もなくなるし、そもそも議会やホワイトハウスを通過するはずもないと言っているのである。これに対して、フリスト上院議員も10年ではなく5年にしても良いなどとの譲歩は示したようであるが、既に時間切れで両法案とも共倒れとなる見込みである。


 しかし、たとえこれらの法案が通らなくても、これら両院のR&D予算増大に対する強い意向が、これまでの歳出承認法案の審議において有効に働いてきたことで、十分その役割を達成してきたと言えるのだろう。



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