98年910月  JEIDA駐在員・・・長谷川英一


米国における
コンピュータ2000年問題のその後-8-

(5)ヘルスケア
ヘルスケア・サービスにおける最もクリティカルな問題は、エンベッデッド・システムである医療用電子機器のY2K対策である。医療機器の認可等を行っている厚生省傘下のFDA(Food and Drug Administration)では、98年1月に16,000の世界中の医療機器メーカーにその製品のY2K対応について尋ねるための書簡を送ったが、わずか12%の約2,000社からしか回答が得られず、そのうちの100社は少なくともY2K対応ではない製品があるとの回答をしている。

一方、復員軍人省傘下のVHA(Veteran Health Administration)もVHAが指定している機器メーカー1,470社に対し同様の調査を行い、73%からの回答を得て、47%はY2K対応であることを確認している。FDAはこれらの機器のY2K対応に係るデータベース(http://www.fda.gov/cdrh/yr2000/year2000.html)を公開しているが、もちろん不十分なものであり、今後は自主的なテストを行うなどで対応を確認していかざるを得ない。

また、ヘルスケアの別の観点であるが、9月28日にGAOが報告したところによると、高齢者を対象とする公的医療保険のメディケア(加入者3,800万人)のY2K対応が非常に遅れている。このままでは最悪の場合、2000年1月に、医療機関が患者のメディケア加入を確認できず、医療サービスを与えられないこともあり得るとされている。これに対しメディケアのナンシーアン・ドパール局長は、全ての資源を投入して期限に間に合うように努力するとコメントしている。

(6)州政府
前回報告したように各州のCIOの協議会であるNASIRE(National Association of State Information Resource Executives)(http://www.nasire.org)が、Y2K対策について州政府間の情報交換や連邦政府との調整を行っている。97年10月に「State-Federal CIO Summit on the Year 2000」を開催し、98年内に相互データ交換インタフェースの協調を図ることなどを取り決めており、現在は着々とその作業を進めている。前回報告時点ではY2Kホームページを有している州は29州であったが、現時点では50州全てがホームページを有しており、それぞれの州で独自の活動を行っているので、NASIRE自体での取りまとめの活動はあまり目立たなくなっている。また、連邦政府の公聴会などでは州政府のY2Kの進捗状況までは取り上げていないので、進捗状況を見るには50州のホームページに直接当たるしかないようである。

(7)ライアビリティと訴訟
米国でこれまでに起こされているY2K関連の訴訟は、Hancock Rothert & Bunshoft 法律事務所 (http://www.2000law.com/html/lawsuits.html)やITAA(http://www.itaa.org/Y2Klaw.htm)などにまとめられているデータを見ると、20件ほどではないかと思われる。内容的には様々であるが、訴えとして多いのは保証不履行(Breach of Warranty)で、ソフトウェアがY2K対応でなくて問題が起き、かつ新バージョンに買い換えなければならないといった場合などの訴訟が目立つ。ウィルスソフトのシマンテック社や経理ソフトのイントゥイット社などがクラスアクションを起こされている。法廷弁護士にとってはユーザーの多いパッケージソフトなどをクラスアクションとして訴えるのは成功報酬も大きくなるので狙い目であるのだろう。

まだ、急激に訴訟が増大するという気配は見えないが、ベンダー側がこれを防衛するにはどうしたら良いかなどの議論があちらこちらでなされているようである。法的なライアビリティの制限と言う点で、上述のY2K情報公開法などはある程度の効果を果たすのだろうが、製品そのもののライアビリティに制限を課すものではない。州政府などは州内の企業の保護のために直接ライアビリティを制限する法律も考えているようである。これもITAAのデータを見るとわかるが、15州程でそのような法案が出されており、ジョージア州やネバダ州では可決してもいるようである。もっともジョージア州のものは州政府のライアビリティのみを制限しようと言うものであるが。9月23日付のZDニュースによれば、フロリダの州上院議員が州内のY2K問題のために1兆ドルの訴訟が起きる可能性があるとし(全米で1兆ドルと言う数字なら聴いたことがあるがこれは大げさか)、Y2K対応を頑張ってきたのだが99年9月に最早間に合いそうもないと宣言した企業は、2000年1月に問題が起きてもライアビリティが軽減されると言うような法案を出したようである。そのまま通るとも思えないが、これらの議論はますます盛んになっていくと思われる。

(8)エンベッデッド・システム
電力やヘルスケアのところでも出てきたように、今やそれなりの機器の中には必ず含まれているマイコン・チップが、実は世界を混乱に落とし入れる可能性のあるY2Kの最大の問題ではないかとまで言われ始めている。ガートナー・グループによれば、世界中に100億〜250億もあるとされるエンベッデッド・システムの一部が日付にセンシティブであり、またその一部が非Y2K対応であり、推測するに0.2〜1%、すなわち2千万から2億5千万のシステムが問題を起こすとされている。このくらい幅のある推測しかできないほど実態がつかめないと言う点が恐ろしいところで、さらには、日付センシティブではないはずの機器にも絶対時間を持ったチップが使われていたり、そのために必ずしも2000年1月でない時に問題が出る可能性があったり、チップそのものが機器やシステムの奥深くに入っていて取替えが効かなかったり、などなど潜んでいる問題点を探っていくとますます恐ろしっくなってくる。一挙に解決できる手段などはなく、FDAの行っているように一つ一つY2K対応かどうかをベンダーに質すとともに、電力会社のようにエンベッデッド・システムに一つ一つ当たり、テストによってつぶしていくと言う方法を取るしかないようである。

ライアビリティはチップ・メーカー、OEMメーカーのどちらにあるかなど、さらに複雑な問題となる。米国半導体工業会(SIA)は8月20日に上述のH.R.4455ドレイヤー/エシュー法案を支持する声明の中で、“Even though the Year 2000 problem is primarily a software and systems issue, chip companies are doing everything they can to address the problem in their own businesses and on behalf of their customers.”などと、チップ・メーカーのライアビリティを回避しようとするかのような発言もしている。また、万一OEM側がチップ側をPLで訴えても、OEM側にも認識があったとかで逃れられるのではないかとの見方もあるようである。しかし医療機器など万一の場合には人命にまで及ぶ問題であるため、簡単に決着がつくような議論ではないだろう。


おわりに
Y2K問題については、いつでも書こうと思えばレポートが書けるぐらい材料は豊富であるし、ホームページも限りなくある。セミナーやコンファレンスも米国内のどこかの都市で切れ目なく開催されている。また、日米の情報交換の枠組みもできたようであるし、それぞれのセクターで国際的な協力も進みつつあるようである。でも、これらの議論に参加している人たちは誰も自分でプログラムを書き直したこともなければ、機械にもぐりこんでマイクロチップを取り替えたこともない人たちであるということを考えるとちょっと不思議な気もしてくる。Y2Kを支えるのはこれらの作業を行っているエンジニアたちのはずである。2000年が過ぎたら仕事が減るのではないかとの予測もあろうが、Y2Kバブルにうかれているローヤーやコンサルタントならいざ知らず、コンピュータ/ソフトウェア・エンジニアの仕事が減るはずはない。今こそこれらエンジニアの地位や待遇を銀行員以上(失礼)に高めて、来るべき21世紀の情報新時代に備えるべきなのであろう。

←戻る | 最初のページへ戻る

| 駐在員報告INDEXホーム |
コラムに関するご意見・ご感想は hasegawah@jetro.go.jp までお寄せください。
J.I.F.に掲載のテキスト、グラフィック、写真の無断転用を禁じます。すべての著作権はJ.I.F..に帰属します。
Copyright 1998 J.I.F. All Rights Reserved.