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2000年8月 電子協 ニューヨーク駐在・・・長谷川英一
ポストPC時代における次世代型情報端末と企業戦略(後半) |
3.主要IT企業のポストPCに向けての戦略
ポストPC時代に備え、上述のように大手IT企業は既に、コンピュータやコミュニケーション機器用の新しいプラットフォームの開発・製造に着手している。記述の重複が多くなるかもしれないが、いくつかの企業について、それぞれの戦略の注目すべき点について見てみよう。なお、この部分の記述については、個人的な感触を含んでいることをお断りしておく。 (1)マイクロソフト マイクロソフトはポストPCの到来に対し、「PCに様々な機能が追加されたり、形態が少し変化したりすることにより、今後もPCが情報化の中核的存在として君臨する」という姿を引続き強調しながらも、パソコン以外の機器を視野に入れた事業戦略を次々に展開している。マイクロソフトの狙いは、ずばりポストPC機器の標準OSに他ならない。既存のウインドウズを基盤としたOSのほか、各種アプリケーションをポストPCの各製品に盛り込み、あらゆる市場での競争を視野に入れている。 最初がPDA市場であるが、3年以上もの間、ウィンドウズCE機の不振に耐えつつ、漸くパームに競合できるレベルのポケットPCを市場に登場させた。PDAユーザーが必ずしもビジネスとの親和性を強く求めるとは思わないが、一定のユーザー層には受け入れられるものとなったように思われる。ただ、その先のモバイル・テレフォンへのCEの売込みには今のところやや苦しんでいるように見えるが、ハンドセットの世界に食い込めなくても、キャリア側のサーバー・ソフトウェアの世界でのIBM、サン、オラクル等との競争に力を注げば良いと考えることができるだろう。 PDA以上に力を入れているのがテレビとの融合であろう。デジタルテレビの放送方式などではあまりにPC側の論理を出しすぎて放送業界に叩かれ、さらにデジタルセットトップボックスへのウィンドウズCEの押し込みにも反発を食らってきたが、圧倒的な資金力もあってか、かなりのところを押えるのに成功している。ウェブTVも順調とは言えないまでもこれからの総合的なマイクロソフトTVへの取組みへの布石としては、そう高くはない買い物だったのかもしれない。このマイクロソフトTVプラットフォームは、単に消費者向けのハードウェアのみを目指したものではなく、より放送局側にアピールするサーバー部分にも力が入っている。これは「ウィンドウズ2000サーバー」などを改良したもので、サービス提供のためのバックエンド技術として、大型サーバー上で機能する。 5月のケーブルテレビ協会のショーでの発表では、100社以上がこのプラットフォームに基づく製品作りを行っていることやAT&Tケーブルがサーバー利用をコミットしていることなどが明らかにされている。もちろん、この分野はオープンTV(サンやAOLが出資)やリベレート(オラクルの子会社)など、きらりと光る企業が多いが、マイクロソフトも、この黎明期の双方向テレビ市場のデファクトスタンダード争いで好位置につけていると言えよう。 これまでに述べた各種のポストPC向け新技術においても、マイクロソフトが覇権を握れるかどうかについては、アナリストの意見は分かれている。革新的な技術を持った新しい企業が市場を席捲するという可能性は常にある。しかし、今般6月に発表された「ドット・ネット」構想は、少なくともウィンドウズへの執着から離れる方向であり、XMLベースのプラットフォームはワイヤレスやインターネット・テレビ時代の基盤に向いているように見える。その上に、この7月27日には、MSNネットワークや、ウェブ開発、ワイヤレス、ゲームなどの成長分野に、1年で44億ドルもの研究開発費を費やすと発表もしている。またゲーム機「X-Box」の発売に向けてマーケティングなどに5億ドルも費やすとも言う。やはり、マイクロソフトのデジタル業界での覇権は、しばらくは揺るがないのだろうか。 (2)インテル 最近におけるインテルは、本業のマイクロプロセッサ部門が引続き好調な一方、ワイヤレス、ネットワーク、コミュニケーション、ニュー・ビジネスの各グループで、次から次へと新しい製品やサービスを生み出している。ポストPCと言う観点からは、ワイヤレス・テレフォン向けのチップセットやフラッシュメモリー、SOHO向けのAnyPointネットワーキング機器、サービス・プロバイダー向けのドット・ステーション、そしてブルートゥースのソフト/ハードなどの新分野に力を入れている。一方、ポストPC用のマイクロプロセッサ分野では、やや出遅れの感があり、トランスメタの低消費電力のクルーソー・チップなどに話題を奪われている状況にある。 このような現状から、インテルがマイクロプロセッサからネットワークへと重心を移し始めていることが分かるが、まだ焦点が定まっていないとのアナリスト評があるように、今のところはいろいろと手をつけてみている段階のように映る。マイクロソフトとのウィンテルの関係も、マイクロソフト側からは離れにくいが、インテルは例えばドット・ステーションもリナックスベースとしているし、マイクロソフトの開発したUPnPについてもリナックスベースの開発キットを出して見るなど、いろいろと試したりもしている。 64ビット・プロセッサ「Itanium」の出荷が少し延びたとは言え、ハイエンドのPCやサーバー市場での引続きの成功がしばらくは約束されているインテルにとって、この1〜2年間はポストPC時代に向けての充電の時期と言って良いのかもしれない。 (3)IBM 巨人IBMのイメージからは、ポストPCのデパートメントという実像は浮かんで来にくいのだが、上述のように、どの分野にも必ず名前が出てくる企業である。オースチンにある同社の「パーベイシブ・コンピューティング研究所」が6月28日付PCワールドで紹介されているが、住宅用ゲートウェイ・サーバーを中心にブロードバンドを電力線と無線イーサネットで分配し、無数のウェブ・アプライアンス(電話から冷蔵庫まで)をワイヤレス・ウェブパッドでコントロールするというような実験がなされているようである。ここの成果をもとに、5月には「Open Service Gateway initiative = OSGi」(www.osgi.org)(JiniやHAViをベースとしてUPnPまでもを含めてインターネット・アプライアンスの接続を可能とするオープン・スタンダードの団体、IBM、オラクル、サン、ソニーなど、ウィンテル以外の主要IT企業が加盟)に適合するためのソフトウェア・ツールを発表している。 ソフトウェアでは従来から「ViaVoice」をなどの音声認識分野に強く、また2月に出した「WebSphere Transcording Publisher」はHTMLやXMLをWML(Wireless Markup Language)に変換するソフトウェアであり、これらワイヤレス・ウェブアクセスに不可欠のソフト分野において評判が高い。ハードウェアでも、インターネット・アプライアンスやPDAのワークパッドなどの他、ウェアラブル・コンピュータや腕時計コンピュータの「ウォッチパッド」の試作品も発表しているなど、チップやストレージなども含めてベースとなる技術力にはさすがのものがある。 このようにIBMはポストPC分野においても、多くの蓄積をもとに、じわじわと基礎となるソフトウェアやハードウェア技術を押さえていくと言う戦略をとっているようであり、やはり奥の深さを感じさせる巨人である。 (4)ソニー もう1社くらい書いておこうと思い、オラクルやサン、モトローラなどを思い浮かべたのだが、やはりソニーについて書いておきたい気がする。 米国においては圧倒的なブランド力を誇るソニーは、映画、音楽、ゲームなどのコンテンツも有するユニークな企業としてアメリカ人の目には(日本人にも同じだろうが)映っている。やはりコンセプトやデザインで、人が欲しくなりそうなものを製品化するという点で他の企業より一歩先んじているのだろう。今や100ドル以下の機種まで出ているDVDプレーヤーでも、200ドルの他社製品とほぼ同じスペックの250ドルのソニー製品があると、ソニー製品のほうが売れているようなのである。 ポストPC分野でのソニーの強みはデジタルテレビやビデオ・カムコーダーなどのオーディオ・ビジュアルにあるが、これからシェアが確実に取れる新製品としては何と言ってもプレイステーション2がある。今や米国家庭の4軒に1軒はプレイステーションを保有しているとされており、これらの家庭でのアップグレードやDVD機能を目当てにした新規購入が当然考えられる。PS2が入れば、デジタルセットトップボックスもソニー製を入れたくなるというほど簡単ではないにせよ、いろいろとつなげてみたくなるような仕掛けを製品に盛り込むことで、ソニーにとってはその先の道が開けているということになるのだろう。 おわりに 米国のITや経済の専門家たちへのインタビューなどを見ると、「日本もポストPCの分野では再び強さを発揮して復活できるだろう」などと答えてくれる人が多いようではある。でも本音はそうだろうか。それこそゲーム機以外の分野では、日本のメーカーは全てに名前を連ねているものの、日本のものでなければならないというものはない。ハイビジョンも昔の話で、今や米国の標準とコンテンツがDTVの世界をリードしている。iモードも残念ながらローカルな現象くらいに見られているようであるし、お家芸とされていた極小化技術や製造技術でも、米国内のEMS(Electronics Manufacturing Service)や台湾などで十分対応できると思われている。 「いや、そんなことはありません。日本独自の技術がこの分野には数多くあるのです。」と本当は言えるに違いない。良く知られていないだけではないのだろうか。コンシューマー・エレクトロニクス・ショーやCOMDEXにおける日本企業のプレゼンスはかなり高いと思うのだが、日常のコンソーシアムの活動などでのプレゼンスはどうであろうか。米国のIT関連ニュースはCNETでも日経BPでも日本語ですぐに読めるのだろうが、日本のニュースは英語では読めない。(ソフトバンクに頼んで米国のCNETの中に日本のITニュースと言うコラムを作ってもらっては如何だろうか。) いずれにしても、米国の人達の言葉に逆に乗せられてでも、ポストPCの分野から日本のITの復権を狙うしかないのではないか。そのために何ができるか、何をすべきなのか、さらに考えて見たいと思う。 |
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