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2002年2月 JEITA ニューヨーク駐在・・・荒田 良平
米国におけるIT R&D政策の動向 |
4.主要なプログラムの動向 (1) ITR ITR(Information Technology Research)は、NSFによるIT関連の学術研究の振興のため2000年度から開始されたプログラムである。2001年度の予算額は2億6,000万ドルであり、その内容は連邦NITRDにおけるすべてのPCAにまたがっている。金額的にも内容的にも、連邦NITRDの柱となるプログラムであると言ってよいであろう。 2001年9月25日、NSFはITRの2001年度新規プロジェクトとして309件の採択を発表した。採択された309件の規模別内訳は、大規模案件(5年間で総額5〜15百万ドル)が8件、中規模案件(3〜5年間で総額1〜5百万ドル)が113件、小規模案件(3年間以下で総額50万ドル以下)が188件となっており、総額で1億5,600万ドルに及ぶという。応募は2,000件以上あったというから、数倍の倍率である。 309件の具体的な内容については、NSFのITRのウェブサイト(http://www.itr.nsf.gov/)で検索できるようになっているが、ここでは省略する。初年度である2000年度の採択ではコンピュータ科学などの基盤的研究に重点が置かれたが、2001年度は科学分野での応用が考慮されたという。さらに、2002年度には学際領域にも焦点が当てられることになっている。 ITRについては、2002年度予算審議の過程で、2001年7月31日、下院科学委員会(http://www.house.gov/science/)の研究小委員会が公聴会を行っている。その資料の中に、ITRの部門別予算が出ているので、参考までに表6に掲げておく。 表6 ITRの部門別予算(百万ドル)
(出展: 上院科学委員会研究小委員会)
米国では、後述のASCI計画などを通じてスーパーコンピュータの開発導入が進んでいるが、バイオ関連研究などスーパーコンピュータを長時間利用するニーズも増えているため、結局は少数の研究者がスーパーコンピュータを専有し利用することになってしまっており、より多くの研究者がスーパーコンピュータを利用できるよう一層の施設整備を進めるべきだとの声は強いのだが。
ASCI(Accelerated Strategic Computing Initiative)は、1996年の包括的核実験禁止条約(CTBT)署名を受けてDOEが設定した「備蓄核兵器保全管理プログラム(SSMP)」の一環として、備蓄核兵器の安全性・信頼性・性能を確保するため最先端のコンピュータによるモデリングとシミュレーション能力を確立するためのイニシアティブである。 1995年以降、同計画の下で、研究のためのプラットフォームとなるスーパーコンピュータとして「ASCI レッド」(インテル社製、3.2Teraflops)、「ASCI ブルー・マウンテン」(SGI-クレイ社製、3.1Teraflops)、「ASCI ブルー・パシフィック」(IBM社製、3.9Teraflops)、「ASCI ホワイト」(IBM社製、12.3Teraflops)(性能はいずれも2001年11月の「スパコンTOP 500」リスト(http://www.top500.org/)におけるピーク値)が開発されており、現在は次世代の30Teraflops機「ASCI Q」の開発がコンパック社(に買収された旧DEC社)によって進められている。ASCI計画ではさらに、60Teraflopsの「ASCI パープル」や100Teraflops以上の大型機種の開発も視野に入れられているという。 このように、ASCI計画は米国におけるスーパーコンピュータ開発・利用を牽引してきたわけであり、実際、2000年11月の「スパコンTOP 500」リストにおいては、トップから4位までをDOEの3研究所(ローレンス・リバモア、ロス・アラモス及びサンディア各国立研究所)に設置された上記のASCI 4機種が独占していた。しかし、2001年11月の同リストにおいては、2位にピッツバーグ・スーパーコンピューティング・センター(PSC)のコンパック機(6.0Teraflops)、3位にDOEローレンス・バークリー国立研究所のIBM機(5.0Teraflops)が入ってきており、もちろん元をたどれば連邦政府のR&D予算ではあるものの、最先端のスーパーコンピュータが軍事目的以外の研究にも活用され始めていることが伺える。 ちなみに、2001年11月の「スパコンTOP 500」リストにおいては、東京大学の日立機(2.1Teraflops)が7位に、また大阪大学のNEC機(1.3Teraflops)が12位にランクされている。 また、2001年1月19日には、興味深いニュースが報道された。ASCI計画の一翼を担うDOEのサンディア国立研究所は、コンパック社及びヒトゲノム解読で一躍有名になったセレラ・ジェノミクス社との間で、生物学その他生命科学全般における計算需要に応えるための100Teraflops級のスーパーコンピュータを2004年までに共同で開発することで合意したという。 この合意の詳細は不明であるが、報道によると、「今回の提携は、DOEの備蓄核兵器保全プログラムにおいて物理学に成功裡に適用されたフル・システム・モデリング・アプローチを生命科学に応用しようとするもの」であるという。スーパーコンピューティングは、「バイオ」という新しいスポンサーを得て、今後一層の発展を遂げるのであろう。 なお、ASCI(Accelerated Strategic Computing Initiative)は、2002年度予算上はAdvanced Simulation and Computing(ASC)という名称に変わっており、ASCのうち一部がNITRDに該当することになるようである。米国科学振興協会(AAAS)が公表している分析によると、ASCの2002年度予算承認は、対前年比2.3%減の7億3,000万ドルとなっている。
大規模ネットワークに関する主要イニシアティブとして1998年度にスタートしたNGI(Next Generation Internet)については、大統領情報技術諮問委員会(PITAC)が2000年4月末にとりまとめたNGI評価報告(http://www.ccic.gov/ac/pitac_ngi_review-28apr00.html)を踏まえその後の方針が検討されてきたが、当初想定した以上のスピードで技術が進歩し、研究目標9項目のうち8項目までが達成されたため、2001年をもってイニシアティブとしては終了した。 もちろん、大規模ネットワークに関する各種研究は、引き続きNITRDの8つのPCA(表1参照)のうちの一つであるLSN(Large Scale Networking)において行われている。 N GIのウェブサイト(http://www.ngi.gov/)には、NGI計画は「成功裡に完了」し、2002年にテラ・ビット毎秒のネットワーキングという目標だけは実現していないが、これは現行のLSNで行われている研究によって実現できるだろう、と記されている。 なお、NGIと並行して、1996年に34の大学が集まって構想がスタートしたInternet2計画(http://www.internet2.edu/)には、今や190を超える大学と70程度の企業のほか、多くの政府機関や関係団体なども参加しており、大規模ネットワーク研究のコミュニティーが形成されている。 また、Internet2計画における中心的バックボーン・ネットワークに成長したAbilene (http://www.ucaid.edu/abilene/)を提供しているクエスト・コミュニケーションズ社は2001年12月に、同社が引き続き2006年までネットワーク・サービスを提供すること、また2003年10月までに伝送速度を現在のOC48(2.5Gbps)から段階的に4倍のOC192(10Gbps)にアップグレードすることを、正式に発表している。このためのクエスト社の投資額は3億ドルにのぼるという。
図3 Abileneの稼動状況マップ(2002年1月15日) (出展: http://www.ucaid.edu/abilene/) おわりに 米国の連邦NITRD予算20億ドルという数字は、実際の予算のうちどこまでがNITRDとして整理されているかにもよるが、連邦R&D予算総額1,000億ドルに比べてそれほど大きな数字ではない。ただし、連邦政府自身のIT投資予算は450億ドルであり、調達の形で産業界に資金が流れている点には留意が必要である。 米国におけるIT関連のR&Dを見ていくと、そこで大学(というより大学の研究者)が如何に大きな役割を果たしているかを改めて痛感させられる。大学が直接の受け皿となるITRのようなプログラムにおいてはもちろん、ASCIなどの施設整備型プログラムにおける利用研究や、大規模Internet2における産業界も巻き込んだ研究コミュニティの形成などで、大学のプレゼンスが目に付く。そして、産学連携、技術移転、大学発ベンチャー、人材供給などの様々な形態で、大学における研究が産業化に結びつくサイクルが成り立っているということなのであろう。米国では大学に流れる国の研究資金が“飲み食い”以外であればポスドクやテクニシャンの採用や大学院生への奨学金給付など何にでも使えると言われるが、これも有形無形の研究成果が様々なサイクルで産業化に結びつくことが前提になっていると思われる。 日本でも産学官連携の強化や知的財産戦略の策定などについて様々な議論が行われているが、大胆な方向付けが行われることを期待したい。 (了) 本稿に対する御質問、御意見、御要望がございましたら、Ryohei_Arata@jetro.go.jpまでお願いします。
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