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2002年8月 JEITAニューヨーク駐在・・・荒田 良平
「米国におけるワイヤレス市場の動向」(その2) |
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ニューヨークにおける無料ホットスポット ユニークな動きとして、最近ニューヨークのほかサンフランシスコやシアトルなどでも始まっている草の根ボランティアによる無料ホットスポット設置の動きを取り上げておこう。 ニューヨークのNPO、NYCWireless(http://www.nycwireless.net/)は、ワイヤレスLAN(802.11b)のアクセスポイント機器保有者にその無料公開を呼びかけ、ニューヨーク市内に誰でも無料で使える無料ホットスポットのネットワークを構築しようという試みを進めている。自宅で家庭内ワイヤレスLANを構築している人に、可能な時にそのアクセスポイントのESSID(アクセスポイントとワイヤレス・カードの双方で一致させる必要のあるネットワーク名)を「www.nycwireless.net」に設定し、DHCP(IPアドレスの自動割当)をオンにし、またWEP(暗号機能)をオフにしてもらって、それを公表しておけば、無料ホットスポットが実現するというわけである。実際、NYCWirelessのウェブサイトを見ると、市内のどこにこうした無料のアクセスポイントがあって、そのうちどこが現時点でactive(接続可能)かが地図上に示されている。(図表6では、青丸がactive、黒丸がinactive、オレンジ丸がinterestedを示している。) 図表6 NYCWirelessによる無料アクセスポイントの地図 ![]() (出展: NYCWireless) また、このNYCWirelessの呼びかけによって、インテルがスポンサーになり、マンハッタンのミッドタウン(40th-42nd St.の5th-6th Ave.)にある市民の憩いの場、Bryant Park(http://www.bryantpark.org/)にも2002年6月に無料ホットスポットが設置された。 NYCWirelessは、1. ニューヨーク市の街頭や公共空間に無料ブロードバンド・ワイヤレス・ネットワークを構築する、2. 広範な実地試験と実験を通じてワイヤレス・ネットワーキング技術の開発を促進する、3. ブロードバンドISPから相手にされなかった近隣住民にワイヤレス技術を利用してブロードバンド・インターネット・サービスを提供することによってデジタル・ディバイドの解消に貢献する、4. 都市災害時の緊急通信を支援するためニューヨーク市にとっての強固な代替通信インフラを開発する、という4つの目的を掲げている。特に4.などはニューヨークらしいと言えるのであろう。 ただし、こうした草の根的な無料ホットスポットの動きに対しては、懸念も指摘されている。その一つはデータ・セキュリティ/プライバシー問題で、他人から画面を覗き見られる可能性があるというものであり、またハッキング/クラッキングの温床となりかねないといった指摘もある。 さらに、無料ホットスポット開設者とブロードバンドISPとの間のサービス契約上の問題も出てきている。2002年7月になって、CATVによるブロードバンドISPのタイム・ワーナー・ケーブルが、NYCWirelessに参加して無料ホットスポットを開設しているサービス契約者に対して、帯域幅の再配布を禁じたサービス規約に違反しているとして、ホットスポット開設をやめなければサービス提供を打ち切るとの警告文書を送付したと報じられた。「せっかく盛り上がりかけたワイヤレスLANに水を差すようなことを今しなくてもいいのに」と第三者的には思ってしまうが、タイム・ワーナーからすれば、「こっそりやるならまだしも、ここまで堂々とやられては、黙っているわけにもいかない」ということなのだろう。(実際に、ブロードバンド料金が高いため隣近所でワイヤレスLANで回線を共有しているという例はあるようだ。)AT&Tブロードバンドもタイム・ワーナーに追従するという話である。 (6)
プロジェクト・レインボー 以上、ワイヤレスLANを巡って様々なサービスプロバイダが先陣争いを繰り広げ、草の根レベルの活動も広がりつつある中で、“ついに来たか”というニュースが2002年7月に報じられた。 7月16日付けのNew York Times紙によると、インテル、IBM、AT&T Wireless、Verizon Communications、Cingular Wirelessなどの大手IT・通信企業が、全米規模のワイヤレスLANのネットワークを構築する「プロジェクト・レインボー」計画について協議を進めているという。 この「プロジェクト・レインボー」の詳細は明らかになっていないが、ノートPCへのWiFi標準装備を視野に入れているハード・ベンダーと、3Gの先行きが不透明な中でワイヤレス・ブロードバンド戦略の再構築を迫られているモバイル通信事業者が、それぞれの思惑を秘めながらもワイヤレスLANの将来性に期待して手を組もうとしているであろうことは想像に難くない。 このプロジェクトには、既にMobileStarを買収してスターバックスのホット・スポット事業を傘下に収めているVoiceStream以外の主要モバイル通信事業者が関与しており、その動向如何では米国における3Gサービスの展開にも影響が及びそうである。 ワイヤレスLANが普及したとき、そこで誰がどのような収益モデルを作り上げているのだろうか。ワイヤレスLANを巡る主導権争いから、当面は目が離せそうにない。 おわりに 先月と今月の2回にわたって、米国におけるワイヤレス市場の動向を取り上げてきたが、先月の原稿を書き終わってからの1か月の間にも、様々なニュースが飛び込んできた。本当にこの分野の動きは早い。 携帯電話については、最近は街中でも本当によく見かけるようになり、私がニューヨークに着任した2000年末当時と比べても相当普及したなという感じがする。しかし一方で、米国が日欧に比べ出遅れていることもあって当時非常に注目されていた3Gサービスは、最近はかなりトーンダウンしていると感じる。 特に最近、エンロン事件やワールドコム事件をうけて不正経理問題やストック・オプションのあり方に注目が集まり、通信事業者(のみならずハイテク業界全体)の成長を支えてきた「米国式株価本位制」が揺らいでいる中にあって、通信事業者は膨大な投資を伴う3Gインフラ構築に対し慎重にならざるを得ないであろう。私は米国のブロードバンド・インフラは「ウォール街が作った」のだと思っているが、現在の経済状況下にあって3Gインフラを作れるのが誰なのかは見えていない。 一方、ワイヤレスLANは、ブレークしそうな雰囲気はあるのだが、どうも自信がない。 本文で御紹介したBryant Parkは私の勤務先からも近く、2回ほど中を歩く機会があったのだが、100人を優に上回る人々がくつろぐ中にあって、ノートPCを広げている人を見かけたのは計3人だけ(ワイヤレスLANを利用しているかどうかは不明)で、肩透かしにあった気分だった。 考えてみれば、私自身もわざわざあそこでインターネットをしようとは思わない。ホットスポットを利用するのは、現状では営業や出張でノートPCを持ち歩くビジネスマン中心であろうし、それにしても、わざわざホットスポットを利用するためにワイヤレスLANカードを買うのではなく、まずPCを日常使用する家庭や職場でワイヤレスLAN環境が構築されることが先決ではなかろうか。 こう考えてくると、ワイヤレスLANがブレークする鍵は、やはり家庭におけるブロードバンドの普及が握っているような気がする。また、学生のことを考えると、学校や図書館でのワイヤレスLANインフラの整備も重要であると思われる。 NYCWirelessの共同創設者Terry Schmidt氏は、「近い将来、人々は光、空気、熱、水道などの基本的な快適さと同様に、ワイヤレス・ブロードバンド接続を期待するようになるだろう」と語っている。まさにこうした「ユーティリティとしてのワイヤレス・ブロードバンド」に対する渇望が、彼らを突き動かしているのであろう。 無料ホットスポットが本当に定着するか否かはわからない。しかし、数多くの新技術・新製品が華々しく登場しては消えていく中で、こうした市民パワーは、何かがある閾値を越えて爆発的に普及するために非常に重要な要素なのかもしれない。 まだまだ混沌としているワイヤレスLANであるが、これが一層のブロードバンド化やユビキタス社会実現の契機になることを期待したい。 (了) 参照URL: http://www.3gnewsroom.com/html/what_is_3g/index.shtml (図表1関連) http://www.idc.com/getdoc.jhtml?containerId=pr2002_03_29_112727 (図表2関連) http://www.delloro.com/PRESS/PressReleases/WiL051702.shtml (図表3関連) http://www.wirelessweek.com/index.asp?layout=story&articleId=CA201268&stt=001' (図表4関連) http://www.hereuare.com/press-releases/031902-55-cafes.pdf (図表5関連) |
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