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2002年9月 JEITAニューヨーク駐在・・・荒田 良平
「米国の通信業界の動向」 |
3.
通信バブルの崩壊 右肩上がりを続けると思われたインターネット関連株価は、2000年に入って変調を来たし始める。2000年3月10日に5,000を超えるピーク値を記録したNASDAQ総合指数は、一部ドットコム企業の株価急落に端を発して値を下げ、秋口以降のインターネット関連株価全体の下落につながっていった。そして、2000年末までにNASDAQ総合指数はピーク時の半分以下にまで下落したのである。 こうした中で、まず2000年5月頃から始まったドットコム企業の相次ぐ破綻もあって期待されたほど顧客を獲得できなかったDSL事業者や固定無線アクセス(FWA)事業者などのCLECが、2001年になって次々と連邦破産法11条(日本の会社更生法に相当)の申請に追い込まれた。RBOCのアンバンドルされたDSL設備を利用したDSL事業者は、RBOCとの間で顧客サービスなどに関するトラブルを抱え魅力的なサービスを利用者に提供できず、また専用線や固定無線アクセス(FWA)など自前設備を導入した事業者は、多額の債務を抱えることになった。こうした中で、株価下落によって銀行などからの追加資金調達が苦しくなったCLECが次々と破綻に追い込まれたということである。 ドットコム企業の破綻がCLECの破綻に波及し始めると、次第に通信バブルの実態が明らかになってきた。つまり、IT革命の進展によって天文学的に伸びると思われていた通信トラフィックが、実は期待されたほど伸びておらず、光ファイバが過剰設備の状態になっているということである。1本の光ファイバに少しずつ波長の違う複数の光を通すことで通信容量を飛躍的に増やすことの出来る波長分割多重(WDM)技術が進歩したこと、大都市間のバックボーン回線への光ファイバ導入に比べ都市内の幹線網や加入者回線のブロードバンド化が遅れたことも、光ファイバの過剰状態に拍車をかける結果となった。2001年6月に明らかになったメリル・リンチの推計によると、米国中に張り巡らされた光ファイバの通信容量のわずか2.6%しか実際には利用されていないという。(上述のように、これはダークファイバを含んだ数字だと思われるので、かなり極端な数字になっている。通信事業者側は、実際に両端がネットワークに接続され使える状態にある光ファイバの稼働率はずっと高いと反論している。) こうした中で、2001年10月に発覚したエンロンの不正経理問題が2001年1月に破綻したグローバル・クロッシングに飛び火し、米国証券取引委員会(SEC)が2002年2月に同社の会計疑惑について調査を開始した。同社がクエスト・コミュニケーションズなど他のバックボーン事業者との間で違法なキャパシティ・スワップ(通信事業者が売上を実態よりも大きく見せるため、他社と相互に自社回線の空き容量を長期リースし、受け取る長期リース料を当期の売上高に一括計上する一方で、支払うリース料を長期に分割して費用計上すること)を行っていたのではないかという疑惑である。 この疑惑が表面化すると、投資家の疑いの目が他の長距離通信事業者にも向けられて株価が急落し、ウィリアムズ・コミュニケーションズなどが連邦破産法11条申請に追い込まれることとなった。そして、やはりSECの調査を受けていたIXC第2位のワールドコムが、利益を多く見せるため経費を資本支出として計上するという粉飾決算を行っていたことが明らかになり、同社はついに2002年7月に連邦破産法11条の申請に追い込まれた。(図表6参照) 図表6 連邦破産法11条を申請した主な通信事業者
(出展: 各種資料から作成)
もちろん、エンロン事件以降の不正経理問題は、通信バブル崩壊と直接の関係はない。しかし、いずれもその根底に行き過ぎた株価至上主義があったことは否めない。実力以上に高い株価がM&Aによる急成長や多額の設備投資を可能としてバブルを招き、一方でその株価の維持の必要性が不正経理を生む大きな動機となった。 そして、株価を巡るもう一つの問題、すなわち企業役員による株の売り抜け問題もマスコミをにぎわせている。Fortune誌2002年9月2日号は、その表紙で「You Bought. They Sold.」と題して、クエスト・コミュニケーションズの創設者アンシュッツ氏が15億7,000万ドル、グローバル・クロッシングのウィニック会長が5億800万ドル、などと、現在業績悪化による株価低迷に苦しむ企業の役員が株価下落前に自社株を売り抜けて巨額の金を手に入れていたことを顔写真入で伝えている。こうした記事に見られる一般投資家の憤懣が、ストック・オプションの経費計上問題などにも反映されており、いわゆるオールド・エコノミー企業は次々とストック・オプションの経費計上を表明している。 いわば、通信業界(のみならず広くハイテク業界)の発展を支えてきた「株価さえ高ければすべてがうまくいくシステム」が変革を迫られていると言うことができるであろう。こうした観点から見ると、米国の通信業界の復活のためには、過剰設備の調整がいつ頃までかかるのかといった話とは全く別次元の話として、米国における新しい経済的インセンティブ・モデルがいつ頃どのような形で再構築されるのかが重要なポイントとなろう。 4. 競争政策と通信バブル崩壊 このようにして、いわゆる通信バブルに浮かれていた米国通信業界はバブル崩壊によって苦境に陥り、現在、企業によって程度の差はあるものの多かれ少なかれその清算に追われているわけである。こうした中で、地域通信市場については以前に増して巨大化したRBOCが結局は勝ち残り、遅ればせながら着々と長距離通信市場への進出を進め、一方、IXCは音声通話需要の漸減とデータ通信部門の過剰設備で青息吐息という状況で、1996年通信法改正が目指した競争促進は今のところうまく行っていないと言わざるを得ないであろう。 では、1996年通信法改正は失敗だったのであろうか。 FCCのマイク・パウエル委員長は、2002年7月15日付けウォール・ストリート・ジャーナル紙におけるインタビューにおいて、1996年の通信法改正によって出現した競争事業者が多すぎたことがバブル崩壊を招く一因となったという意味で1996年電気通信法に責任が無いとは言えない旨を表明するとともに、RBOCによるワールドコム買収への期待を表明し、前ウィリアム・ケナード委員長が強力に進めてきた地域通信市場における人為的な競争導入からの決別を示唆している。 もちろん、こうしたパウエル委員長の考え方に対しては、異論もあるであろう。 つまり、1996年電気通信法は競争を促進すべくよく設計されていたが、その後のインターネットの予想を超えた急速な普及や株式市場の過剰な反応によって、規制当局による競争状態の創出・維持のための対応の範囲を超えて現実が暴走してしまった、という考え方である。 ただ、いずれにしても、このままでは競争は促進されず、一層のブロードバンド化のための投資も進まないことは明らかであり、何らかの手をうつ必要があるであろう。 パウエル委員長は、独占の弊害を懸念する前にまず投資を促進しブロードバンド化を進めることが先決だとして、その過程である程度の高料金を容認しても寡占事業者によるインフラ整備促進を図る意向だと見られている。 おわりに 今月は、私のお勉強に皆様にもお付き合いいただいたような形になってしまったが、御容赦いただきたい。 本稿を書きながら、改めて公益事業規制と競争政策の関係について考えさせられた。そもそも「公益」とは何なのか。妥当な料金か、安定したサービスか、新技術の普及か、はたまた産業競争力の強化か。これらのどれにどの程度の重きを置くかによって、競争政策の有り様も変わってくるであろう。そして、それは最終的には国民の選択の問題である。 日本でも、1999年にNTTが分割され、電気通信政策のあり方を巡る議論が活発化しているが、日本と米国とでは歴史、国民性、経済状況、国土条件など諸条件が異なるので、日本にとって望ましい選択肢について議論していけばよいであろう。 ただ一つ言えるのは、米国の状況を見ると、通信のような技術革新の激しい公益事業分野に競争を導入し維持するためにはたいへんな労力が必要だということである。米国のようにFCC、州政府、裁判所、議会が総動員されるような形が日本の現状から見て適当なのかどうかはともかく、このような変化の激しい分野では、技術革新、事業環境の変化等を踏まえ、様々な関係者の意見を調整しながら、過去の政策の評価を速やかにフィードバックしつつ、機動的に政策を見直していく仕組みが重要ではなかろうか。 (了) 参考文献: 城所岩生「米国通信改革法解説」木鐸社(2001年2月) 篠崎彰彦・手嶋彩子「イノベーション時代の政策像〜クリントン政権の情報通信政策にみるフロンティア拡大とセイフティーネット整備〜」フジタ未来経営研究所(2001年5月) 小池良次「アメリカ情報通信」(http://www.ryojikoike.com/) DRIテレコムウォッチャー(http://www.dri.co.jp/watcher/index.htm) 平成10年版「通信白書」 「IT innovations and financing patterns: implications for the financial system」国際決済銀行(BIS)(2002年2月)(http://www.bis.org/publ/cgfs19.pdf) 本稿に対する御質問、御意見、御要望がございましたら、Ryohei_Arata@jetro.go.jpまでお願いします。 |
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