2002年12月  JEITAニューヨーク駐在・・・荒田 良平

「米国におけるITSの動向」(その2)


以上のように、プライバシー保護はITSがユーザーに受け入れられるための前提となる問題である。ただし、もともとプライバシー保護のための基本法が存在せず、金融、医療などプライバシー保護が特に問題となる分野においてのみ個別法で規制を行っている米国においては、ITSを巡るプライバシー問題に関しても、とりあえず必要最小限の法的規制と「自主規制」で対応が行われているというのが現状である。

B        ITの信頼性

もうひとつ、やや技術的な課題であるが、ITの信頼性の問題について触れておきたい。

自動車といえば、もちろん基本的には機械技術によって成り立っているのであるが、一方で電子技術の発展とその信頼性の向上に伴いABS(アンチロック・ブレーキ・システム)やアクティブ・サスペンション、更にはACC(アクティブ・クルーズ・コントロール)や車線逸脱警告システムといった新しい機能が開発・実用化されており、自動車に占める電子部品の割合は増加してきている。こうした中で、テレマティックスに対する期待の高まりから、近年、IT業界が自動車の車載装置市場への注目を高めており、主要IT企業が相次いで市場参入を表明しているのはご承知の通りである。

ところが最近、当初から懸念されていたとおり、自動車が長い歴史の中で培ってきた信頼性の水準とIT業界が日頃慣れ親しんでいる信頼性の水準との相違を指摘する声をよく耳にするようになった。例えばGMCTOTony Scott氏は、去る2002930日から103日にかけてニューヨークで開催されたインターネット関連のイベント「Internet World Fall 2002」における講演の中で、IT業界が車載装置市場に参入したければ非常に信頼性のある低コストで堅固なハード・ソフトを開発する必要があるが、IT業界はまだその準備が出来ていないと述べたという。また同氏は、自動車には10年間の部品サポートが要求されるがIT業界にはその体制が無いこと、ソフトやハードのアップグレードは簡潔で短時間に出来なければならないことも指摘したという。

こう書けば、既に何のことかはおわかりいただけるであろう。自動車の場合、PCと違って走行中に操作不能になったので「Ctrl - Alt - Del」で再起動するというわけには行かないし、原因不明の故障が発生したのでエンジンを再インストールしてみるというわけにも行かない。自動車ではIT業界でしばしば許される「ベスト・エフォート」では済まないのである。

もちろん、例えば実用化が始まっている車内LANについて見ても、車の基本機能である「走る、曲がる、止まる」を司る制御系LANやその他の電装系LANとテレマティックス車載システムなどの情報系LANは、ゲートウェイを介することにより明確に区別されており、テレマティックス車載システムの不具合が直接的に車の走行に悪影響を及ぼすことはない。しかし、上述のような信頼性の水準の相違は、テレマティックス車載システムの車への「組み込み」のためにクリアすべき課題となっている。

なお、余談になるが、最近「What good is a car WITHOUT Windows?」(ウィンドウズじゃない車がいいだって?)という意味深な広告を打っているマイクロソフトは20021021日、ハンドヘルド用OSであるWindows CEの車載システム版「Windows CE for Automotive」にウェブサービス対応機能を付加した次世代版OSを「Windows Automotive」に名称変更し、2003年上半期に出荷を開始すると発表している。

おわりに

米国のテレマティックスには、最近どうも勢いが感じられない。日本のように組み込み型のナビが普及していないことが、「緊急コール」を超える広がりを生み出せない原因になっていると思われるが、現下の経済状況では、魅力的なコンテンツが無いのに高価なカーナビを購入する人は少なく、ユーザーが少なくすぐに儲からないテレマティックス・サービス向けにコンテンツを開発しようとする企業も少ないので、この状況は当面は変わらないかもしれない。

したがって、テレマティックス車載器としては「組み込み型」のカーナビよりもむしろ着脱可能な(オフボード型又はハイブリッド型の)ポケットPCなどが普及するのかもしれない。

また、むしろカーラジオ/カーステレオの延長としての衛星ラジオ(GMXMラジオ(http://www.xmradio.com/)やフォードのシリウス(http://www.siriusradio.com/))が昨年から今年にかけて始まっており、既存のAMFM帯域を用いるIBOC(地上波デジタル・ラジオ)も先日FCCの認可が降りて来年から始まる見込みであり、これら新しいラジオ放送の受信機が当面の車載器市場を牽引することになるのかもしれない。

どうも今ひとつつまらない。日本で始まっているインターネットITSプロジェクト(http://www.internetits.org/ja/)などから新しい世界が開けることを期待したい。

先月と今月の2回にわたってITSを取り上げたが、本文中でも随所で触れたように、日米のITSにはかなりの違いがある。ITSは交通・運輸という巨大な社会システムに対するITソリューションであるとすれば、社会システムの抱える課題が異なればITSが異なったものになるのは当然であろう。日本のITSが米国に比べ相対的に進んでいるのは、裏を返せば、それだけ日本人の中に交通・運輸システムの現状に対する不満が強いということなのであろうか。

(了)

(参照URL

http://www.onstar.com/visitors/html/ao_features.htm(図表14関連)

http://www.onstar.com/visitors/html/pr_pressroom.htm(図表15関連)

http://www.telematicsresearch.com/(図表16関連)

http://www.aamva.org/Documents/Evt_Presentations/LawInstitute2002/
evtCellphonesMattSundeen.ppt
2.(5)@関連)

http://www.itsa.org/resources.nsf/24aebd36f046a5a58525658d00644198/
bad372b260280b3385256818004fe7e3?OpenDocument
(図表17関連)

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