2003年3月  JEITAニューヨーク駐在・・・荒田 良平

「米国のIT関連R&D政策の動向」


NSFの「Distributed Terascale FacilityDTF)」

NSFは、米国の大学にテラスケール・コンピューティングの能力と恩恵をもたらすことを目的として、3年間で5,300万ドルを投入して、グリッド・コンピューティングにより11.6TFLOPSのピーク性能と450TB以上のストレージを有する分散型テラスケール・システムを構築する「Distributed Terascale FacilityDTF)」計画を実施している。

DTFの資金によって、大学間コンピューティング・インフラ整備プログラムPACIの二つの中心施設であるサンディエゴ・スーパーコンピュータ・センター(SDSC)と国立スーパーコンピュータ・アプリケーション・センター(NCSA)、及びDOEアルゴンヌ国立研究所(ANL)、カリフォルニア工科大学(Caltech)の4か所にコンピューティング・プラットフォームの設置が進められており、2003年度には、これらが40Gbpsの光ネットワークによって接続され運用可能になる見込である。

(なお、NSFDTFの次のステップとして、これとピッツバーグ・スーパーコンピューティング・センターとを統合するETFExtensible Terascale Facility)計画も進めている。)

DOEの「Scientific Discovery Through Advanced ComputingSciDAC)」

DOE科学局(Office of Science)は、2001年度から開始した「Scientific Discovery Through Advanced ComputingSciDAC)」プログラムによって、DOEのミッションに関連する分野の基礎研究を進展させるため、テラスケール・コンピュータの利用に必要な科学計算用ソフトウェア及びハードウェアの開発を行っている。

複数年度にまたがるSciDACプログラムには、DOE13の研究所と50以上の大学が参加しており、気候シミュレーション・予測(14プロジェクト)、量子化学・流体力学(10プロジェクト)、核融合エネルギー科学を進展させるプラズマシステムのシミュレーション(5プロジェクト)、自然の根本的プロセス(4プロジェクト)、拡張性のある計算ライブラリ(3プロジェクト)、高性能コンポーネント・ソフトウェア技術(4プロジェクト)、共有分散リソースへの安全な遠隔アクセス・高速ネットワーク上の大規模転送・協調ツール(10プロジェクト)、計51プロジェクトに総額5,700万ドルが投入されている。

DARPAの「High Productivity Computing System

DARPAは、製造・保守コストを抑えつつ速度・移植性・拡張性を向上させたより小型のスーパーコンピューティング・プラットフォームの設計を可能とするため、システム・アーキテクチャとコンポーネント技術でのブレークスルーを通じて2010年までに全く新しい商用システムの実現を目指す「High Productivity Computing System」プログラムに着手している。

革新的コンセプトから技術的設計、プロトタイプ製作に至る3段階のR&Dを通じて、今日のスーパーコンピュータの1040倍の性能向上、アプリケーション開発期間及び運用コストの削減による生産性の大幅な向上、移植性の向上(システムの固有性から分離されたアプリケーション・ソフトウェア)、堅牢性・信頼性の実質的向上が達成されると期待されている。

LSN Coordinating Group傘下の「Middleware and Grid Infrastructure CoordinationMAGIC)」チーム

20021月にLSN(大規模ネットワーク)Coordinating Groupは、ミドルウェア及びグリッドに関する省庁間の調整、相互運用可能なグリッド技術とその配備の促進・奨励、広範に利用可能なミドルウェア・ツールとサービスの開発、及びこれらの技術に関する効果的な国際協調のためのフォーラムの開催のため、「Middleware and Grid Infrastructure CoordinationMAGIC)」チームを設置した。

MAGICにはミドルウェア及びグリッドに関するプロジェクトを実施している連邦政府機関の代表者と産学の研究者、製品開発者、オペレータ、ユーザーなどが参加しており、短期的目標として、国内外のグリッド・プロジェクトの文書化、2002年夏のワークショップ開催、アプリケーション開発者・民間企業・ユーザーの参加者増を掲げている。

なお、2003年度版ブルーブックはその冒頭で、連邦政府によるIT R&Dがテロ事件への対応に役立ったことを示すトピックスとして、以下のような活動を紹介している。

  • DARPA(国防高等研究計画庁)、NSF(国家科学財団)等からの資金によって開発されたロボット車両のプロトタイプなどを有するロボット工学の研究者達による4つのチームが、ニューヨークの世界貿易センタービル跡地(グラウンド・ゼロ)に急行し、FEMA(連邦緊急事態管理庁)の指揮のもと、生存者の捜索、内部状況の観察等のため、最小で靴箱程の小型ロボット車両を灼熱の瓦礫の山の内部最大45フィート(13.5m)まで送り込んだ。(残念ながら、発見できたのは遺体のみであったが。)
  • NASA(国家航空宇宙庁)のJPL(ジェット推進研究所)の研究者達は、航空機搭載型可視/赤外イメージング分光計(AVIRIS)によって、グラウンド・ゼロの30余りの高温部位を特定し、集中的な鎮火・冷却活動に貢献した。また、AVIRISの超分光データはカリフォルニア州のJPLの高性能コンピュータで処理された後、デンバーのUSGS(米国地質調査所)でコンピュータ解析され、研究者達は、グラウンド・ゼロの空中及び地上にあるアスベスト等の物質の詳細なレポートを作成した。このレポートは、グラウンド・ゼロにおける作業者達のための適切な呼吸器保護等の対策に活用された。
  • 連邦政府の支援によりレーザー・マッピング技術を研究しているフロリダ大学の研究者達は、DOD(国防省)の要請を受けて、NOAA(国家海洋大気庁)によって提供された航空機とカナダのOptech社によって提供された航空機搭載型レーザー走査装置などを用いて、グラウンド・ゼロに残っている構造物やペンタゴンの損傷状況の高精度の地上レベル画像などを作成した。これらの画像は、構造物の損傷状態や作業者の危険度の評価などに活用された。また、フロリダ大学の研究者達は、NSFの「緊急対応」資金を受けて、その三次元マッピング技術を将来の災害予防・緩和にも役立てる方法について提案を行う予定である。

連邦政府のR&D活動をこうした緊急事態において役立てようとすることや、更にはそのことをこうした資料で宣伝することは、取り立てて驚くべきことではないとして、感心するのは、その対応の早さと体制である。

ロボット工学チームの一つである南フロリダ大学チームは、航空機が全面的に飛行禁止になる中で、2,000kmもの遠方からバンにプロトタイプのロボットと大学院生を乗せて駆けつけ翌朝(912日朝)には到着したというし、NASAによって収集された超分光データはFEMAの急便によってカリフォルニア州のJPLまで運ばれたという。

迅速な初期動作とFEMAによる危機管理、それに何より普段の研究を緊急事態に役立てたいという研究者達の思いによって、あの混乱状態の中で数日から2週間程度で一応のアウトプットを出していることには感心させられる。

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