2003年4月  JEITAニューヨーク駐在・・・荒田 良平

「米国のIT企業の対中国観」


1. 米国のテクノロジー企業にとっての中国の役割

質問 (1): 貴社にとって中国とは?

複雑な関係の構築

中国が、事業経営、製品販売、人材発掘、および新たな機会への投資といった活動の場として発展していることは、米国のテクノロジー企業と中国との関係を複雑なものにしている。これらの活動の多くは相互依存的な性質を持つため、その中のひとつだけに基づいた関係を築いている企業は少ない。企業の大半は、中国の資源を利用し、世界最大の成長市場で製品を販売するために、いくつかの異なる側面から中国に関わっている。

これまで、中国を投資機会と見なす米国企業は、中国をどう利用するかという点で狭い見方をすることが多かった。往々にして、こうした企業は、ローテク製造業の、確立された大企業で、製造コスト削減のために豊富な低コスト労働力を利用し、最終的には製品をより豊かな先進国に輸出することを目的としていた。

しかしながら、今日の事業社会では、中国で教育を受けた技術者・科学者が増えると共に、海外から帰国する中国人も増加しているため、米国企業にとっては、これまでとは異なる中国人労働力を利用する機会が生まれている 。さらに、中国経済の強化に伴って可処分所得が増え、その結果米国製品の販売市場が拡大している。

中国市場のこうした変化に応じて、米国企業が中国との間に複雑な関係を築く必要性が生じている。米国企業は単一の関係を築くだけでなく、さまざまなものを提供する国としての中国と関係を結ぶようになっている。中国の労働力および国民全般が技術的に進歩しているため、中国に関わる企業も技術関連企業である例が増えている 。そうした企業にとっては、中国の国民による開発と中国の国民に対する販売とを同時に行えることは、コスト削減と、ターゲットを絞った特殊化した製品開発というユニークな可能性につながる 。今後も各種産業の企業が製造拠点としての中国に投資をする一方で、テクノロジー企業は、より多様な恩恵を享受し、その結果、より複雑な、しかしより大きな成功につながる可能性のある関係を築いていく 。

米国の対中投資の歴史

米国がハイテク産業における中国の台頭を促進するために資金を提供するのはこれまでにない新しい動きのように思えるが、米国企業は過去にもこの世界最大の市場に多額の資金を投資しながら、ほとんど成果を上げられなかった。1979年から1985年まで、世界的なエネルギー危機に刺激されて、米国企業を中心とする各国の石油会社が、中国で未開発の埋蔵石油を大量に発見するため、15億ドルを中国市場に投入した。これらの企業は、多大な努力にもかかわらず埋蔵石油をほとんど発見することができず、海南島で天然ガスを発見したアルコ・インターナショナル社が唯一の例外となった。オクシデンタル石油社だけでも、7億5,000万ドルを投資した石炭探査プロジェクトを1985年に放棄し、持ち分25%を中国側パートナーに売却した 。

その後、1980年代・90年代には、さまざまな産業分野で数社が著作権侵害のために、対中投資で巨額の損失を被った。プロクター&ギャンブル社は、1988年から1990年代末までに中国での合弁事業に推定3億ドルを投資したが、著作権侵害の問題が原因で1億5,000万ドルの損失を計上するとされている。さらに劇的な例としては、マクダネル・ダグラス社が中国との合弁事業に失敗し1992年に撤退した際には、同社の高度な工作機械類が中国のミサイル工場で発見された 。

このほかにも対中投資の失敗例は、中国国外での成功を中国で再現することの難しさを表している。1990年代に最も効率的・効果的なメーカーのひとつとされたゼネラル・モーターズ社は、中国での合弁事業で車をわずか300台しか製造せず、さらにそのごく一部しか販売できずに終わり、1993年に合弁事業を放棄した。同じく優良自動車メーカーであるプジョー社は、12年間にわたり、製造知識を活用して中国市場進出に努めたが、予想したピーク生産台数の半数しか製造できず、1997年に撤退した 。

最後に、外資投資と中国との有利な関係の構築においては、中国政府が極めて重要な役割を果たす。これを物語る例として、クアルコム社は、主として中国政府の介入が原因で、中国の無線通信会社チャイナ・ユニコム社との関係がスムーズに進行していない。クアルコムは2000年に、チャイナ・ユニコムの無線ネットワークを構築する有利な契約を結び、中国市場への参入を発表した。ところが数カ月後、中国政府は主に反西側派の幹部に押されて、この契約を「妨害」した。以来、この取引は復活と遅延を繰り返している。この例は、中国政府が民間部門との関係に不確実性をもたらすことを物語っている 。

中国で有利な事業関係を築こうとする外国企業がすでに直面しているさまざまな障害に鑑み、ハイテク産業がいかにこうした妨げとなる要因を認識した上で、中国が外資投資に提供できるものを活用するかを知ることは興味深い。しかし、中国での事業あるいは中国との事業における先達の試みとは異なり、ハイテク産業は、純粋な外資投資と同時に、内的な動機によっても推進されている。対中外資直接投資は1986年の20億ドルから2002年には530億ドルまで上昇したが 、こうした外国からの投資だけでは中国の急速な発展を支えることはできない。中国の国内総生産は1990年以来5倍に増え、1.2兆ドルに達した 。その結果、国内の開発資源が増大し、中国企業による自社発展への投資が促進されている。

このような国内総生産の急増にもかかわらず、業界専門家のオービル・シェルによると、中国の金融市場は「政府が支援する賭博カジノに毛の生えたようなもの」だという 。中国の銀行は日常的に国有企業に補助金を提供し、推定総額5,000億ドルとされる融資の半分までが不良債権と見なされている 。中国のWTO加盟に伴い、国有企業が外資投資や外資系銀行と競合しなければならなくなったため、現行の経済や雇用が危機にさらされる。また、他の諸国や各国経済にとっては先進技術がコスト削減を通じて安定をもたらしているのに対して、中国では著作権侵害が引き続き大きな問題であるために、技術がもたらし得る恩恵が制限されている 。業界専門家や関係者の一部には、ハイテク市場としての中国、またハイテク供給者としての中国に疑問を呈する声もあるが 、ハイテク産業における外資投資の増加や中国企業の成功例がもたらす熱意の高まりを否定することはできない。

前述のように、過去における製造業一般の例と異なり、ハイテク産業には、中国国内で開発への支援が得られるという独自の優位性がある。市場調査会社のインフォメーション・ネットワーク社の報告によると、半導体、パソコン、およびソフトウェアの各分野は、2002年に20%の成長を遂げた 。この成長は、主として外資直接投資によるが、国内の支援を受けていることも確かであり、こうした成長は当然競争の増加をもたらし、収益の減少につながる。しかし、 米国のハイテク企業は、先達の失敗例を参考に、中国での事業経営のしかたを学ぶべきである。今後、時と共に成功度が増し、その結果収益性も上昇するはずである 。

市場としての中国:現在と未来

中国の人口は現在13億人で、毎年1,200万?1,500万人ずつ増加しており、米国企業にとっては魅力的であると同時に驚異的な市場となっている。世界で最も人口の多い10都市中9都市が中国にあり 、これらは企業にとって消費者獲得の拠点となり得るが、現時点では、これらの都市の住民はほとんどが真に有用な消費者となる条件を備えていない 。また、中国本土の海岸部から内陸部への資金の移動が増えており、消費者獲得の過程がさらに複雑化している。労働人口の増加も問題のひとつである。それは、国内の既存および新規の企業にとって地元の労働力が無尽蔵に存在することになり、労働コスト面の利点となって競争が激化するからである 。

外国企業にとって中国が主要な市場となるためには、まだ多くの不確定要素と障害が存在するが、中国が他の諸国に比べて技術的に遅れをとっているという事実が、独自の機会を生み出してもいる。米国企業をはじめ世界各地の同様の企業は、急速に変化する技術に合わせて自社の技術ベースを絶え間なく更新しているのに対し、中国の企業や消費者は、初めから最新技術を採用することができる。これは、米国企業に2つの相反する効果をもたらす。中国企業は、古いパソコンなど旧型技術製品の膨大な在庫に対処する必要がないため、コストを抑えることができる 。一方、米国企業にとっては、米国の消費者と異なり新しい技術への切替コストが必要なく、また可処分所得の増えている中国の消費者は、最新技術販売の格好のターゲットとなる 。

中国が一足飛びに最新技術を採用した好例として、中国の電話網構築が挙げられる。他の諸国および市場が従来の電話線を敷設しているときに、中国は世界に遅れをとっている状況を利用して、この段階を素通りし、世界で最も進んだ無線電話網を構築した。今や中国の大都市は、無線でビジネスを行う設備を備えており、一方米国をはじめ中国より「先進国」であるとされる諸国は、徐々にその方向へ進んでいる段階にある。通常の動きとして一般市民が前進し技術の採用が進むに伴い、マスマーケット(大量市場)発展の可能性が生じる 。

この例が示すように、中国には、現時点では未成熟かもしれないが技術を求める消費者ベースがあると共に、革新と技術能力が存在しており、これは国際企業が製品・サービスの販売と事業経営の場として中国市場に参入する十分な理由となる 。2003年2月の「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙の報道によると、外国企業数社が対中投資に真剣に取り組んでおり、その投資から収益を上げているという。これらの企業は、中国の製造業専門技術の歴史的価値を認識することによって、実際に中国への投資を成功させるという、これまで多くの企業がなし得なかったことを実現した。

これらの企業の成功は、中国で収益を上げることが可能であることを示しているが、こうした関係が築かれているのはほとんど製造業に限られている。テクノロジー企業がこうした成功を収めるには、企業が政府との関係を築いて支援を確保するという責任をも果たさなければならない 。またテクノロジー企業は、従来の企業が利用してきた製造業労働力だけでなく、中国の労働力の設計・開発能力を活用すべきである。以下に、「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙の企業調査結果を記す 。


企業

事業規模

従業員数

投資総額

収益性

コカ・コーラ

31ボトリング工場。合弁事業3カ所、濃縮液工場2カ所

2万

11億ドル

8年間にわたり収益を上げている。

ダノン

ビスケット、飲料、乳製品の製造工場50カ所以上

2万5,000

不明

営業利益率は同社の全世界平均を上回り、2001年には少なくとも1億4,000万ドル

コダック

カメラ、化学薬品、およびフィルム工場5カ所、8,000を超える店舗

5,000

12億ドル

会社側によると利益を上げている。

モトローラ

移動電話ハンドセット、セルラー・ネットワーク、および半導体工場2カ所

1万2,000

2001年末現在34億ドル

会社側によると利益を上げている。

プロクター&ギャンブル

食品、洗面・入浴用品、および家庭用消費財の工場5カ所

4,000

10億ドル

会社側によると利益を上げている。

シーメンス

電気通信、機械自動化、電力、輸送、家電製品などの事業を含む40

2万1,000

6億1,000万ドル以上

2002年の収益は2桁の成長率

ヤム・ブランズ

KFCおよびピザハット・レストラン800カ所近く

4万〜5万

4億ドル以上

2002年には中国が全世界収益の29%を占める見込み

 

これらの例は、テクノロジー企業にとっても、中国との関係で利益を上げる可能性を期待させるものであるが、依然として、米国企業がどのように中国との関係を築くかという不安は残る。米国のある中小ベンチャーキャピタル企業は、破たんしているがまだ存続する小企業で、米国にほとんど資本も資源も残っていないテクノロジー企業を利用することを計画している。この企業クリスタル・ベンチャーズ社のマネージング・ディレクター、ジョセフ・ツェングによると、同社は2億5,000万ドルのベンチャー資金で、こうした破たん企業を「リエンジニア」し、中国市場に再び参入させる計画で。ツェングは、「中国は多くの企業に将来の大きな可能性を提供する。それがなければ、こうした企業は閉鎖するしか道がない」と言う。しかしクリスタル・ベンチャーズは、現在中国で得ている体験をもとに、これらの企業を、破たんした米国企業から成功する中国企業へと変身させるために、新たな組織を作り、製品群を改良して、収入源の開拓・改善に努めなければならない。中国での事業運営に成功するには、中国式の方法と慣習を完全に理解することが最重要である

 

テクノロジー企業は、過去に中国市場に参入した企業が体験したことのない独自の難関に直面する。市場が発展し、また一般市民が新技術に費やす可処分所得が増えるに伴い、中国式のやり方を理解するテクノロジー企業はそうでない企業より有利な立場に立つことができる。政府の役割、そして製造業主体の労働力から多くの有能な技術者・科学者を含む労働力への移行と、その結果としての強力な設計能力を認識し、専用の資源を確保してそうした変化に対処する計画を立てなければならない。

これらの例は、テクノロジー企業にとっても、中国との関係で利益を上げる可能性を期待させるものであるが、依然として、米国企業がどのように中国との関係を築くかという不安は残る 。米国のある中小ベンチャーキャピタル企業は、破たんしているがまだ存続する小企業で、米国にほとんど資本も資源も残っていないテクノロジー企業を利用することを計画している。この企業クリスタル・ベンチャーズ社のマネージング・ディレクター、ジョセフ・ツェングによると、同社は2億5,000万ドルのベンチャー資金で、こうした破たん企業を「リエンジニア」し、中国市場に再び参入させる計画である 。ツェングは、「中国は多くの企業に将来の大きな可能性を提供する。それがなければ、こうした企業は閉鎖するしか道がない」と言う 。しかしクリスタル・ベンチャーズは、現在中国で得ている体験をもとに、これらの企業を、破たんした米国企業から成功する中国企業へと変身させるために、新たな組織を作り、製品群を改良して、収入源の開拓・改善に努めなければならない。中国での事業運営に成功するには、中国式の方法と慣習を完全に理解することが最重要である 。

テクノロジー企業は、過去に中国市場に参入した企業が体験したことのない独自の難関に直面する。市場が発展し、また一般市民が新技術に費やす可処分所得が増えるに伴い、中国式のやり方を理解するテクノロジー企業はそうでない企業より有利な立場に立つことができる。政府の役割、そして製造業主体の労働力から多くの有能な技術者・科学者を含む労働力への移行と、その結果としての強力な設計能力を認識し、専用の資源を確保してそうした変化に対処する計画を立てなければならない。


2. 大中華圏の影響

質問 (2): 台湾の企業と専門技術が中国本土に移転し、「大中華圏」と呼ばれる市場を形成している。これが貴社の属する産業にどのような影響を及ぼしているか。

中国本土、香港、および台湾の集合である「大中華圏(グレーター・チャイナ)」は、産業専門家によると「強力な統合グループ」であり、中国での製品販売と事業経営を目指す米国企業にとっては、これも二重の影響を及ぼす要因となっている。10年前には、大規模なハイテク・メーカーが中国本土に進出することは考えられなかったが、現在は、さまざまな規模の企業が中国のWTO加盟を活用すべく中国内陸部に事業を移転している。

中国の張江では、25キロメートルの間にエレクトロニクス企業が70社存在する地域がある。この中には、台湾のチップメーカーの元幹部が経営する大手チップメーカー、セミコンダクター・マニュファクチャリング・インターナショナル・コーポレーションもある 。また、この地域には、サン・マイクロシステムズ、LG電子、ソニーをはじめテクノロジー企業数社の研究所があり、中国本土における貴重なハイテク頭脳の存在を示している。ゼネラル・エレクトリックも、妥当なコストで科学者を雇用できる可能性を認識し、研究者400人を擁する研究所をこの地域に設立しようとしている 。この地域を担当する同社のCEOダイ・ハイボは、さらにテクノロジー企業が進出してくるにつれて、この地域は「新竹とシリコンバレーを合わせたような地域になる」と語る 。

大中華圏の構想は1980年代から論じられていたが、中国のWTO加盟によってその実現が加速された。大中華圏がもたらした、過去に例を見ない政府介入の減少と、規制を巡る中国・香港政府関係者の協力によって、中国国内に新たな変化がもたらされ、その結果外国企業と中国との交流が進むことは間違いない 。

マイクロプロセッサー・ソリューションを供給するテンシリカ社のCEOクリス・ローウェンは、大中華圏の影響として次の2点を予測する。まず、大中華圏の創設によって「特にシステム・オン・チップ設計などの重要な技能、そして国際的な消費者市場および通信機器市場に関する知識に代表される市場分析能力が、中国にもたらされる」。次に、「知的所有権保護に関して、現行の中国の基準と国際基準とが融合される」とローウェンは予測する 。前者の結果として、中国市場に参入しようとする米国企業が、より公正な条件で競争できるようになることが考えられる。また後者の結果としては、中国企業が国外で正当性を獲得し、中国企業と競争する米国企業にとって条件が複雑化することが考えられる。

中国が情報技術製品の生産では台湾を抜いて世界第3位となったことからもわかるように、ハイテク産業における中国の影響力の増大によって、中国は正当な勢力として認識されるようになっている。台湾が依然として中国メーカーの生産高の70%を占めていることは、大中華圏内にまだ境界が残っていることを示している 。時と共にこうした境界が変わり、海外に出た中国人が母国に戻り、中国本土に移る台湾人が増えるに伴い、中国本土で発生した資本が中国にとどまるようになり、中国の経済発展を促し、外国企業にとってより教育水準の高い豊かな市場が出現する 。

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