2003年4月  JEITAニューヨーク駐在・・・荒田 良平

「米国のIT企業の対中国観」


9. 中国vs.シリコンバレー:公正な戦いか?

質問 (9): 新しい中国企業が、設計の分野で、シリコンバレーの確立された企業と直接競争できると思うか。

科学技術の専門知識を持つ人材が中国の労働市場および企業に浸透するに従い、中国とシリコンバレー同士の挑戦が白熱化する 。シリコンバレーにとって、中国はチップ設計の分野で優勢となる可能性を持つ最大の脅威であることは、広く認識されているが、問題は、その脅威がどの程度正当なものであるか、またいつ頃実現するのか、という点である。

新興の中国企業と、確立されたシリコンバレー企業との対決をおそらく最も端的に物語る例が、シスコ・システムズ社とノーテル・ネットワークス社に対する、ネットワーク設備メーカー、Huawei(華為)Technologies Companyの追い上げである 。華為は、1万人もの研究開発スタッフをそろえ、「主にシスコ、ノーテル製品の高信頼性、低コストの模倣品を販売することによって」この両社に「迅速に追いつく」ことを目指している 。ヨーロッパでは、華為製品はシスコ製品より4割以上も安く 、世界経済の停滞によって価格に敏感になっている買い手にとっては、シリコンバレー企業の製品からの切替を促す要因となっている。

華為は、元人民解放軍将校が設立した企業で、中国政府に幅広い人脈を持ち、シスコにとっては単なる価格競争を超えた強力な競合である。2002年末にシスコは、中国の大手電気通信事業2社にルーターを供給する契約を結んだ。シスコは、変わりやすく不確実な中国市場でその位置を保つために、コスト以外にも優位性を持つ華為との間に、ある程度良好な関係を維持しなければならない 。

この両社の関係は正統的なものではなく、現時点ではおそらく華為の方に有利な関係であるが、シスコは持続可能な経営と戦略開発の経験を通じて、いずれは同等の立場に立つ可能性がある 。現在、華為は、低コスト、低価格のネットワークウェア・メーカーとして知名度を上げつつある。しかしながら同社は、研究開発予算を2002年の3億4,200万ドルから、組織的に拡大していくことを目指している 。こうした追加コストは、何らかの形で消費者に転嫁されなければならない。また、同社は現在、価格を売り物としているが、今後同社が革新と技術のリーダーを目指す際に、このイメージを変えることができない可能性もある。

コストの華為、経験のシスコという、両社の対立する得意分野は、中国とシリコンバレーの間に生じた競争をいみじくも体現するものである。中国の企業は、「知的所有権をほとんど持たず、産業のパラダイムを変えるような革新もない」が、国内に存在する価値ある技術者・科学者群をほぼ独占的に利用することができる 。米国企業は、最新の技術と革新を顧客に提供することができるが、その価格は高い 。産業内で方向性を決定する指導者達が自らをどのように位置付けるかが、今後の関係の発展に重要な役割を果たす。中国企業が、入手可能な人的資本を活用して、実際に革新を生むことができ、一方シリコンバレーの企業が中国に移転して同様のことを実行することができないならば、中国企業が米国企業を抑えて浮上すると思われる 。


10. 中国企業による米国人幹部の採用

質問 (10): 中国の企業が、工場や設計部門の効率的な運営のために、米国企業から経営の専門知識を持つ幹部を採用するかもしれない、という脅威には、どの程度信憑性があると思うか。

米国のテクノロジー企業への影響

アンケート調査の回答者全員が、中国企業による米国人管理職採用は脅威ではないが、ひとつの傾向ではある、と回答した 。米国企業内で管理職の階段を上っていく中国人社員が増えていることに加えて、海外から中国本土に帰国する中国人が会社を興したり、発展する台湾人経営の中国企業に入社する傾向があることが、米国企業にとっては確実かつ強力な脅威となる 。

前述の2002年シリコンバレー中国人技術者協会会議が示すように、このような米国での専門職体験と台湾の技術体験の組み合わせは、中国人の技術分野の人材が認識しつつあるトレンドであり、企業内の他の中国人社員にとっては、経営体験を各自のキャリアに取り込む動機となっている。経営陣の一員として成長し認められた社員は、中国に戻り、中国の指導層との人脈を利用して事業の成長を促進するための独自の知識を活用することができる 。ほとんどの組織は、中国での事業では社内に中国人管理職を置くことによって、中国本土での事業成功の可能性が高まることを認識しており、厳しい事業環境の中で収益性を達成するには、そうした人材の採用が最重要事項となる 。

中国人管理職の人材が中国に戻ることは、「中国の・・・製造施設が(米国の施設)と同様のレイアウトや運営方法を採用する、ということではない。そうした施設の構造や運営は、資源のコストおよび入手可能性によって決定される。」 このような意見は、海外に出た中国人が中国本土への帰国を希望していることを米国企業が認識すべきであること、そして米国企業が中国で現地に合わせた事業を設立する際に、そうした中国人が現地市場について情報を提供できることを示している。


11. 中国は米国企業にとって新たな機会か、それとも脅威か

質問 (11): 中国は米国企業にとって新たな機会かそれとも脅威だと思うか。

脅威

質問 (11-A): 脅威だと思う場合、現実的に考えて、米国企業への影響はいつ頃出ると思うか。これはどの程度の脅威だと思うか。特定の産業または副産業にとって、特に脅威だと思うか。

中国におけるベンチャーキャピタル事業や外資直接投資の増加が示すように、中国企業は、米国ハイテク企業にとって、直ちに強力な脅威となる 。華為のように、模倣しやすい低価格の製品・サービスを提供して米国企業をターゲットとする企業の数が増えるに従い、米国ハイテク企業への影響が、引き続き米国企業の収益性を損なう 。

また、中国からの新たな競合と共にこうした製品の価格が下がり、中国に研究・生産ベースを置く企業に比べてコストの高い米国企業は悪影響を受ける一方で、中国企業は、中国で教育を受けた技術者・科学者を活用して革新力を高めるはずである 。

今後、米国のハイテク産業の大半は、中国からの競争の圧力を感じることになる 。しかしながら、中国の産業の中でも、ソフトウェアなど一部の産業は、中国政府の支援を受けて、米国企業にとってはより差し迫った脅威となる 。

さらに、前述のように、技術的にあまり複雑な機械や知識を必要とせず、模倣しやすい製品・サービスを提供する産業は、より複雑な、専有知識を集約した産業に比べると、早期に影響を受けることになる。また、中国が最近の指導層の下で先進的な政策策定をするようになると、新たな知的所有権保護法が、あらゆる産業に対する脅威の緩和に貢献する 。

機会

質問 (11-B): 機会だと思う場合、その規模はどの程度だと思うか。どのような企業もこの機会を活用できるか。特定の産業または副産業にとって、特に大きな機会となると思うか。

中国が米国ハイテク産業にとって直ちに脅威となるのと同様、中国の資源や市場も直ちに機会を提供する。アンケート回答者は全員、巨大な購買力を持つ中国市場の規模の大きさと、停滞する世界経済の中での成長の可能性を認識している。

しかしながら、中国経済がまだ発展途中であることから、米国のハイテク企業が中国市場の恩恵を受けられる時期については慎重な意見もあった 。これらの産業関係者は、中国市場を顧客ベースとして中国に進出する事業の成功は、中国経済が「世界経済における同国の存在に合った成長のペースを維持する」能力にかかっている、と考えている 。

また、中国の顧客ベースが提供する機会に加えて、特に中国で教育を受けた技術者・科学者の増加といった資源面での機会は、企業が米国の先進技術を提供できなければ価値がない。現在は、米国政府の輸出禁止措置によって、それができないため、中国でこうした科学者や技術者を雇うことによって得られるコスト削減の可能性は限られている 。

中国が米国ハイテク企業にもたらす脅威の場合と同様、ハイテク産業の大半は、中国がもたらす機会の影響を受ける。どの産業も、中国市場を製品販売のための豊かな市場と見なしているが、産業によって、資源の活用のしかたは異なってくる。一部の産業にとっては、中国の最大の価値は、広大なスペースと、比較的安価で豊富な製造業労働力である。別の産業は、増加する中国人技術者・科学者群の中にいる設計部門の人材に最大の価値を見出す。また、中国人管理職が地域社会や政府内に持つ人脈に価値を見出す産業もある 。

中国独自の特徴としては、外国企業にさまざまな機会を提供できる点が挙げられる。ほとんどの国は、例えばメキシコならば低コストの製造業労働力というように、他と比較してひとつ抜きんでた利点を提供するが、中国の場合はまもなく各種の利点を提供できるようになる。この独自の特徴は、米国のほとんどのハイテク産業にとって、より大きく、より幅広い機会につながる 。


おわりに

ナポレオンは、「中国が目を覚ませば世界を揺り動かすだろう」と予言したと言われる。中国経済は、全身が完全に目を覚ますにはまだ多少時間がかかるかもしれないが、長い眠りから覚めたことは間違いなさそうだ。
日本から中国を見ていると、どうしても製造業の競争力を生むその無尽蔵で安価な労働力にばかり目を奪われがちになるが、米国のITを始めとするハイテク産業界から中国を見ると、少し違った見え方をしていることに気がつく。その背景として、次の二つの点を認識しておく必要がありそうだ。一つは、米国ハイテク産業界にとって協力相手であると同時に強力な競争相手になっている台湾のハイテク産業との関係の将来展望に中国が大きな影響を及ぼす(中国の「機会」を活用するにあたり台湾が米国よりも圧倒的に有利な立場にある)ということであり、もう一つは、米国のハイテク産業自身が米国内でも既に中国系の人材を多数抱えていて(人材戦略上意図的に一定規模の中国系人材を雇用している企業があることは知りませんでした)技術面・経営面で彼らに大きく依存しており、こうした中国系人材の流出が中国の「脅威」を助長しているということである。
これら「台湾問題」や「中国系人材流出問題」からも窺えるように、米国のハイテク産業にとって中国との関係は単純な構図で語ることの出来るようなものではないようだ。米国政府の先端設備・技術の対中国輸出禁止措置は、「国対国」としての中国の脅威に対抗するため米国政府が採り得る措置としては理解できるのであるが、ハイテク産業界にはその効果を疑問視する声がある。結局、米国のハイテク産業は、中国が将来的に「脅威」になることが避けられないことを認識しつつも、その脅威を上回る「機会」が中国にあると見て、中国戦略を模索しているということであろうか。
さて、日本は...。
(了)

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