2003年6月  JEITAニューヨーク駐在・・・荒田 良平

米国における電子政府関連政策の動向
(その2)


3. 電子政府におけるオープンソース採用に関する動向

 最後にもう一つ、電子政府を巡るトピックスとして、電子政府におけるオープンソース採用に関する動向について取り上げる。電子政府におけるLinux採用の動きについては、本年2月の本駐在員報告でも簡単に御紹介したので、ここでは、その後の4か月間における動きについて触れることとしたい。

(1) 「オープンソースと電子政府」カンファレンス

 去る2003年3月17〜19日、ワシントンDCのジョージ・ワシントン大学において、電子政府とオープンソースに関する「Open Standards/Open Source for National and Local eGovernment Programs in the U.S. and EU」というカンファレンスが開催された。
 参加費無料(さすがオープンソース!)ということもあって、私も参加してみたので、気がついた点を以下に記しておく。

  • 主催はThe Center of Open Source & Government(www.egovos.org)及びジョージ・ワシントン大学のCyber Security Policy & Research Institute(CSPRI)であるが、実質的には同センターの所長であり同研究所の副所長であるTony Stanco氏がすべてを切り盛りしているという印象。カンファレンス自体も「手作り」といった雰囲気。オープンソースは、 Stanco氏のように「担いで走り回る」人が担っていることを実感。
  • 参加者総数は約500人とのことであったが、実際には常時参加していた人は1/3〜1/4といったところか。ただし、「Linuxコミュニティのキーパーソンはかなり顔を見せていた」(Linux関係者)とのことであり、またワシントンDCという場所柄政府関係者も参加していた。さらに、カンファレンスの名称("n the U.S. and EU")からもわかるように、欧州からの参加者も目に付いた。毛色の変わった(失礼!)ところでは、資金の乏しい発展途上国におけるIT普及のためオープンソースに注目しているUNDP(国連開発計画)が参加。
  • 日本からは唯一、経済産業省の牧内勝哉情報プロジェクト室長が最終日にプレゼンを行う予定であったが、米国のイラクに対する事実上の宣戦布告に伴い緊急帰国指令が出てドタキャンされたのが残念。
  • 内容は、マル3日間にわたり5トラックのプレゼンが並行して行われ盛り沢山。DOD、NSA、GSAなど連邦政府諸機関におけるオープンソース採用の考え方、州・地方政府におけるオープンソース採用事例、IBM、HP、サン、デル、インテル、マイクロソフト、オラクル、Red Hatなど主要ベンダーのオープンソース/Linux戦略のほか、各種団体・大学・コンサルティング会社などの関係者が様々なプレゼンを実施。
  • プレゼン数や参加者数が多くて驚いたのが、医療分野におけるオープンソース採用というテーマ。この背景には、米国の医療・保険制度の下で、病院/医師が患者の医療記録等の処理のためコンピュータを使う必要性が増している一方、経費節減のためIT投資は抑制したいという事情があるようだ。
  • 残念だったのは、「オープンソースと電子政府」と銘打ったわりには、個々のプレゼン内容がオープンソースの話か電子政府の話の一方だけであることが多く、つまり「オープンソース」カンファレンスと「電子政府」カンファレンスを同時に行ったという感が否めなかったこと。もちろん、オープンソース関係者と電子政府関係者が一同に会すること自体が意義のあることではあるのですが。
  • 全般的に、こうした場に積極的に参加し発信をすることがコミュニティに認知され発言力を高めるための唯一の方策であることを再認識。
  • なお、Tony Stanco氏とは少しお話しをする機会がありましたが、同氏は現在、クライアント系Linux(つまりWindows/Officeの代替)を政府機関に普及させることに闘志を燃やしているとのこと。また、日本との連携についても関心があるようです。

 以上、雑感ですがとりあえず。なお、ウェブサイト(www.egovos.org)によると、本カンファレンスは次回は欧州に会場を移し、フランスのパリで2003年11月24〜26日に開催されるようです。

(2) ソフトウェアの知的財産に関する新提案「O-STEP」

 本年2月の本駐在員報告で、Linuxの持続的な成長の鍵は知的財産問題が握っているのではないかと書いたが、上記カンファレンスにおいてこの問題に関し、主催者であるThe Center of Open Source & GovernmentのTony Stanco氏が、「O-STEP」という新しい枠組みを提唱したので、ここでご紹介しておきたい。(関連資料がウェブサイト(www.egovos.org)にも掲載されている。)

 O-STEPとは、Open Source Threshold Escrow Programの略で、簡単に言うと、ソフトウェア企業がソフトウェアの販売にあたり、任意の売上上限額を設定してソフトウェアのソースコードをエスクロー(第三者寄託)し、売上が上限額に達したらソースコードがオープンソースとして公開されるというもの。
 Stanco氏は、ソフトウェアに関する知的財産権保護の現状は、ソフトウェアのネットワーク効果(ユーザー数が多いほどその効用が高まる性質)によってユーザーの拘束(lock-in)が生じており、またベンダー間の競争が阻害されているという意味で、ユーザーよりも製作者を過度に保護することになってしまっていると指摘。議会や裁判所はこうしたインバランスを是正できていないという。
 こうした中で、インバランス是正につながるGPLのようなオープンソースのライセンスが勃興しているのであるが、同氏は、オープンソースは逆に振れ過ぎ(製作者の犠牲が大き過ぎ)であると考えており、ソフトウェアのユーザーと製作者の利益を適切にバランスさせる新しい枠組みを現在の法体系下で私契約ベースで構築することが必要であるとの認識から、このO-STEPを考案したという。
 O-STEPにおいては、ユーザーは将来にわたって拘束(lock-in)されてしまうという懸念なく新しいソフトウェア購入に踏み切ることができ、製作者はソフトウェアのオープンソース化のメリットを訴えつつその開発に投じた資金を回収することができることになるという。そして同氏は、O-STEPが有効だと思われる例として、マイクロソフトのWordに押されてすっかり影が薄くなってしまっているCorel社のWordPerfectを御指名している。(WordPerfectがO-STEPに参加したというわけではないので念のため。)

 Stanco氏の現状認識に対しては、私としてはかなり共感できるし、O-STEPの仕組みもアイデアとしては非常に面白いと思う。ただし、大多数の一般的ユーザーの関心は、ベンダーによる拘束(将来的に高いソフトウェアを買わされること)以上に、やはり他者との互換性や将来の継続性ではないかと思うので、O-STEPだというだけでソフトウェアが売れるとも思えない。したがって、このO-STEPが実際に普及するためには、何らかの強力な推進力が必要ではないかと思う。Stanco氏は、政府機関や他の大手ユーザーがソフトウェア企業に対しO-STEPを求めるとともに、投資家がソフトウェア企業に圧力をかけることを期待しているという。

 このO-STEPがモノになるかどうかはともかく、ソフトウェアの知的財産に関するこうした何らかの新しい枠組みが求められていることは間違いなさそうである。

(3) オープンソースの調達政策に関するStanco氏のニューヨーク市議会証言

 上記のThe Center of Open Source & Governmentのウェブサイト(www.egovos.org)を見ていたら、Tony Stanco氏が2003年4月29日にニューヨーク市議会の「政府の技術に関する特別委員会」において行った、オープンソースの調達政策に関する証言が掲載されていた。内容は、政府調達にあたりオープンソースを平等に検討対象とすべきという手続き上の公平性の主張のほか、オープンソースが独占的(proprietary)なソフトウェアに比べて政府における利用に適している理由の説明であり、よくまとまっているうえ興味深い。既にjapan.linux.comというウェブサイトで和訳されているようなので、ここではオープンソースが電子政府に適している理由のポイントだけご紹介することとしたい。

@ 民主主義への影響
 政府は社会における他の存在とは異なり、公共的な情報の完全性・機密性・利用可能性を常に守らなければならないという特殊な義務を負っている。したがって、特定のプロバイダと結び付いた非公開で独占的(proprietary)なデータ形式によって政府のデータを保存し取り出すことは特に問題が大きい。政府のデータの利用可能性・保守・永続性が民間サプライヤの善意や経済的存続性に委ねられるべきではない。
 また、公的活動の透明性に関する国民の権利が、非公開で独占的(proprietary)なソフトウェアによって阻害される可能性あり。電子投票ソフトウェアはわかりやすい例で、立候補者が得票数集計ソフトウェアを検査することを妨げてでも独占的(proprietary)ソフトウェア企業の権利を守ろうとする人はいない。同様の公的活動は数多いので、むしろ独占的(proprietary)なソフトウェアを純然たる政府の環境で使用する正当性の説明責任を企業側にきちんと負わせるべき。

A プライバシー
 ユーザーの明示的な同意なしに、第三者に個人データを送信したりコンピュータ・システムを制御・変更させるソフトウェアは、国民のプライバシーを侵害。
 ソフトウェアは「ネットワーク効果」の原則に従い、ある限界点を超えると消費者が選択の自由を失って相互運用性のため同じ製品を使わされるようになるので、国民の権利は市場によって保護されず、政府による介入が適切。

B コスト
 ここ数十年で最悪のIT不況下にあってもソフトウェアの価格が上昇しているのは異常。
 ニューヨーク市長は予算不足のため市職員の大規模なレイオフを発表したが、赤字削減のため職員の仕事ではなくソフトウェアのコストを削減する可能性について調査すべき。オレゴン州のオープンソース公聴会で証言した人の報告によれば、いくつかの学区ではオープンソース・ソフトウェアの利用によって追加の教員を雇えるほど予算を節約できたという。

C 研究開発/技術移転
 オープンソースは科学の世界に似ており、研究者が情報と成果を共有。研究開発に参加する敷居が非常に低いため、小さな学校や個人でさえ参加が可能。
 またオープンソースでは、オープンでないライセンスによって研究の成果を共有したり他人に見せることさえできなくなるといったことは起きない。

D 教育
 オープンソースは次世代のIT専門家を教育するための優れた方法であり、開発者は実物のシステムを動かしている実際のコードを見て学習することが可能。
 また、オープンソースには、世界中の主要都市でコミュニティ・グループによって運営されている、アイデアやソフトウェアやプログラミング技術を共有するためのすばらしい啓蒙プログラムがあることにも留意すべき。大規模で活気に満ちたオープンソース・コミュニティを有するニューヨーク市にも、そうしたグループが数多く存在。

E 雇用創出
 オープンソース・ソフトウェアのビジネスモデルは、法律、医療、エンジニアリングに似た専門的サービス業のビジネスモデル。そのため、政府のシステムをオープンソース・ソフトウェアに移行すれば、ニューヨーク市内のシリコン・アレーのインテグレータやコンサルタントが地元で高収入のITの仕事にありつくことになり、さらに派生的な経済的相乗効果によって他の多くのニューヨーク市民にも恩恵をもたらす。ソフトウェア資金が他州の企業に支払われずニューヨークに留まることによって、明らかに市や州の税収基盤を向上させる。

F セキュリティ
 安全なシステムのためにはオープンソース・ソフトウェアの方が望ましいことは、世界中の防衛・諜報関係者にとって公然の秘密。バグや「スパイウェア」に対する懸念から、彼らは自分で(ソースコードを)調べてコンパイル(機械語に変換)できないソフトウェアは信用しないため、重要で機密性の高いシステムにはむしろオープンソース・ソフトウェアを使用。

 以上、民間におけるLinux導入の是非に関する議論としてよく聞かれるコスト、セキュリティ、信頼性といった論点と、上記の(特に地方政府を意識した)政府調達における論点とは大きく異なっていることが御理解いただけるであろう。
 特に米国らしいのは、上述の「連邦政府のIT投資及びアーキテクチャ構築に関する原則」の「標準」のところでも出てきたように、「民主主義への影響」の項目で、そもそも政府の活動は透明性が必要であるため独占的(proprietary)なソフトウェアは望ましくないという論理を大上段に振りかぶって展開していることである。
 また、研究開発/技術移転、教育、雇用創出など、IT調達に直接は関係しない論点についても総合的に勘案して調達政策を決定すべきだという主張にも、注目すべき点がある。

 なお、ニューヨーク市のような地方政府がオープンソースに関心を示し始めた背景として、上記「コスト」のところでも少し出てくるが、2003年3月にオレゴン州議会で州政府が新しいソフトウェアを購入する際にオープンソース・ソフトウェアを検討対象から排除してはならない(オープンソースを義務付けるわけではない)という法案が提出され、推進派と反対派が激しいロビイング合戦を繰り広げた(結局廃案になった)といった背景がある。同様の法案がテキサス州とオクラホマ州でも検討されており、財政状況の悪化に苦しむ多くの州・地方政府にとってオープンソースに無関心ではいられないというわけである。
 今後、こうした動きは全米の州・地方政府に広がる可能性もあり、マイクロソフトをはじめとする反対派との攻防が一層過熱することが予想される。

 

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