2003年7月  JEITAニューヨーク駐在・・・荒田 良平

バブル崩壊後のシリコンアレーの現状


(7) ミュージック・ブールバード(Music Boulevard)

・企業名
Music Boulevard
・創業
1996年
・業務内容
オンラインによる音楽データの配信とCD販売
・現在の状況
業務停止。
・破綻理由
同業ライバル社のCDNOW社による事実上の買収。
・推移
同ブランドを保有するN2K社が、1999年3月に同業ライバル社のCDNOW社と業務提携。
その後営業活動に関して同社名に統一。ミュージック・ブールバードとしては業務停止。
その後ナップスター/MP3関連の音楽業界サイトの再編成の流れに則って、独の音楽業大手ベテルスマンAG(Bertelsmann AG)に吸収された。
・MEMO
音楽業界はナップスター等によるMP3データの配信を問題の中心点とする多くの訴訟と、業務提携や買収などの業界の再編成、法的措置や淘汰などを繰り返してきており、ビジネスモデルの有効性だけでは容易には企業経営が成り立たなかった。
同社を保有していたN2K社は販売窓口としてミュージック・ブールバードの名前を有効利用したいと考えていたが、CDNOWとの提携までには利益を計上できず、買収のやむなきに至った。
一方、音楽業界の一連の訴訟騒ぎは、例えばCductive社のような優れたビジネスアイディアをも葬り去り、また事実上不法のMP3データの再配布を行うことが出来る、所謂P2Pサイトの隆盛を引き起こすこととなった。
ベテルスマン傘下となった後も、CDNOWのサイトと名前は存続しており、ビジネスモデル自体は特に大きな問題を内包しては居なかったことが分かる。

(8) ウェブ・マインド(Webmind)

・企業名
Webmind
・創業
1997年
・業務内容
株価予測のための人工知能開発
・現在の状況
業務停止。
・破綻理由
開発資金の枯渇による破産。
・推移
実際の社名はインテリ・ジェネシス社と言い、ウェブ・マインドは商品名とサイト名/ブランド名である。
ウェブマインド(インテリ・ジェネシス)は同名の株価予測のための人工知能応用のソフトウェアを開発するために設立された、技術/開発を主とする、シリコンアレーでは珍しいITベンチャーである。
2000年6月にはネットカレンツ社と提携しネット上での話をモニターできるサービスを提供するなど新しい技術を軸にしたサービスに着手していた。最盛期には100人以上の社員がいたが、開発の遅れから解雇を繰り返し、また事業よりも研究中心の経営が結果として破綻を招いた。
起業家とそのグループは、資金が枯渇したあとも新規の投資家や起業のサポートを模索していたが、2001年4月に破綻した。
・MEMO
元教師のガーツェル氏により起業されたインテリ・ジェネシス社は、設立時に投資家や投資機関から2,000万ドル以上を受け取った。しかし2001年にはその資金が底をつき、途中で開発を断念した。
また数各国から多数の開発者を雇ったことで、文化的民族的トラブルを回避できなかったことも、破綻の理由として挙げられている。
同社には株式市場の動向を正確に予測できる人工知能の開発が可能であると期待されていたが、実際には研究先行の開発では投資回収の目処が立たず、また開発途中での再三のレイオフなどが残った従業員の志気を失わせ、一層開発が滞るようになり、破綻となった。

4. シリコンアレーの不振の原因

  上記のケース・スタディからも窺えるように、シリコンアレーでの失敗例の多くは、
「@単なるバブル的な投機に過ぎなかった」ものを別にしても、
「A経営そのものよりも周辺事項に人的資源や資金をつぎ込みすぎた」、
「B経営能力の無い起業家がそのまま経営を続け結果破綻した」
など、本来のビジネス以外の部分での要素によるものであり、シリコンバレーのように、堅実な経営をしていながらも顧客の獲得に失敗したり、戦略の誤りによる売り上げの低迷、もしくは開発・環境整備資金の枯渇でやむなく経営をあきらめる、など一般の企業でも見られる要因で破綻してところが多いエリアとは一線を画す。
  つまり、シリコンアレーのネットバブルとは投資のバブルが中心であり、堅実かつ適切な経営判断があれば事業は順調に推移することは幾つかの事例が示している。

  こうしたシリコンアレーにおける失敗の背景として、以下のようないくつかの地域的特徴をあげることができるであろう。

【社会的な地位や金銭的な成功を優先する風土】
  シリコンアレーに働く人々の多くが、社会的な地位や金銭的な成功を優先しており、ビジネスモデルの選択や経営方針の判断などの基準が、これらを前提として判断されてきたきらいがある。つまり、シリコンアレーでは、金融街やマスコミで働く莫大な給与と社会的地位を手にする人々に対抗するための手段として、ネット・ベンチャーの起業が選択されてきたという面がある。

  アメリカでの起業に関して、よく、『失敗しても再度チャレンジできるため、優秀な人材が経験を積むことができ、結果として良い企業が育つ土壌となっている』と言われるが、ニューヨークにおいては残念ながらこれは当てはまらないのではないかと思われる。 ニューヨークはかなりの学歴社会であると共に、その経歴などを重視するため、一度大きな失敗をした経営者や倒産企業に勤務していた役員等はあまり歓迎されない傾向が強いと言われる。このように、学歴や職種に対する上下意識が強く、また成功者の華やかな生活や社会的な地位を目にしやすい環境にあって、ネット・ベンチャーの起業があくまで成功者としての地位を得るためだけの手段となっていた面が見受けられるということである。

  シリコンアレーでも、例えばガールショップ・ドットコム(Girlshop.com、1998年創業)のように、少額の初期投資($15,000程度。サイト開発者への謝礼と言われる。)と少人数の従業員(現在でも10名程度)に留めて堅実な経営を行っているところは、順調に業績を伸ばしている。しかしこのような質素で、堅実な形での成功は、シリコンアレーでは、その黎明期においては成功とは見なさない起業家が多かったのも事実である。

【高額な弁護士/会計費用やオフィス賃料】
  そもそも、シリコンアレー近辺は金融中心の街であり、その法律事務所なども大手の金融機関や投資家達を主たるクライアントとしてきた。会計を受け持つ大手会計事務所のKPMGやアーサー・アンダーセンなどもその事務所の規模や受注金額は莫大であり、起業直後のベンチャーには負担が大きかったことは否めない。
  ウォールストリートにある、起業に際しての法務などを受注していた中堅の法律事務所によると、通常シリコンアレーの新進企業の規模の中小企業であれば$100〜$125で受注し、社内ではアソシエートに処理をさせる種類の業務でも、ドットコム企業であれば、どんなに企業の規模が小さいところでも$300以上の経費を要求し、必要以上の法務書類を整えて来た傾向があるという。
  また、かつてアーサー・アンダーセンに勤務し、現在は他社に移った会計士によると、かつて多く起業されたITベンチャーの多くが、導入された資金を経営資源よりもオフィスや経営陣の給与、各種のパーティーなどに費やす傾向があったことを認めると共に、多くの会計事務所がそれを理解した上で、節税のために各種の配慮を行っていたであろうという。
  一方、シリコンアレーの初期には上述のNYITCのように賃料を低く抑え、または各種の補助を用意して起業家達への便宜が図られていたものの、起業家が潤沢な資金を得るようになると、投資家へのアピールや自己顕示のため、既に高額になっていたSOHO地区などに高額な賃料を支払い入居する新進企業が目立つようになった。
  こうした実際のビジネスとは関わりが少ない付帯費用の高騰化が、ITベンチャー企業の経営を圧迫した事例は多いと思われる。

【人材の確保の難しさ】
  シリコンバレーやシアトルなどの地域で顕著に見られるように、インド、中国等アジアの人的資源はIT分野では欠かせないものとなっている。しかし、リベラルな地域であるとはいえ、アジアや中国への注目度が相対的に低いシリコンアレーでは、安価で優秀なアジアの人材の利用が進まなかったという。
  また、SOHO地区などに多い、アーチストやデザイナーなどの人材が起業したケースでは、狭い社会でのコネクションしかなかったとの指摘もある。
  さらに、シリコンアレーの起業家の多くは、事業を興すというよりも、裕福になることや著名になること等の野心が優先し、誰かの下で働くくらいなら起業する方を選ぼうとするため、多くの起業家は優秀なスタッフを確保するのが困難であったとも言われる。

【資金の導入方法】
  シリコンアレーでは当初から外部からの資金導入を前提で起業するケースが多く、起業の業務の多くが資金源との折衝となり、特に当初の人的業務の多くが実際のビジネスの構築や熟成には関わりがないケースも多かった。
  そしてその資金源も、資産家や一部のパトロンを重視し、適切な資金を提供しかつ各種のサポートも得ることの出来る純粋なベンチャーキャピタルや銀行などからの支援はあまり得ていなかった。
  これは、起業家の多くが事業自体の成功ではなく、自身の名声や支配権を維持することに固執するために、これらを手放す可能性がある資金元を嫌っていたためであると思われる。

おわりに

  もちろん、シリコンアレーにも堅実な経営を続けているベンチャーも多い。EBPass社/Media Japan社の森健次郎氏やBusium社の谷口佳久氏、山脇智志氏など、引き続きシリコンアレーで頑張っていらっしゃる日本人起業家もいらっしゃる。シリコンアレーのネット・ベンチャーの多くが破綻したからといって、インターネット関連の起業自体に問題があるわけではないことはもちろんである。
  ただ、結局シリコンアレーにおける多くのネット・ベンチャー起業の根底には、日頃目にする金融街やマスコミで働く華やかで金持ちで社会的地位を得ている人々に対する対抗手段としての動機が多かれ少なかれあったことは否定できないであろう。
  思った以上に学歴社会であり、体面にこだわり、経歴に傷がつくことを嫌い、「事業に失敗した人にもその経験を生かすべく再チャレンジのチャンスが与えられる」などという西海岸でよく聞かれる「きれいごと」が通用しないニューヨークだからこそ、「成り上がり」の手段としてネットバブルがあれ程加熱し、あっけなく崩壊したということではなかろうか。
  良くも悪しくも、それが「アメリカであってアメリカでない」ニューヨークである。 (了)

(参考文献)
長野弘子「シリコンアレーの急成長企業」 インプレス
金野索一「ネットビジネス勝者の条件」ダイヤモンド社
青山公三「IT大国アメリカの真実」東洋経済新報社
New York New Media Association/PricewaterhouseCoopers「3rd New York New Media Industry Survey」(2000年3月)(図表1関連)

(参照URL)
http://www.webmergers.com/data/article.php?id=67(図表2関連)
http://www.nysia.org/memservices/employtrain/nysia_surveys.cfm(図表3関連)

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