2003年8月  JEITAニューヨーク駐在・・・荒田 良平

米国におけるIPv6を巡る動向

はじめに

  今月は、米国におけるIPv6を巡る動向について取り上げる。
  日本では2000年にIT戦略会議のIT基本戦略に取り上げられて一躍脚光を浴びたIPv6であるが、私が2000年末にニューヨークに赴任して以来、米国ではIPv6に関する報道を目にすることはほとんど無かった。もちろん、その原因としては、米国は当面は十分なIPv4アドレスを確保しており、ITバブル崩壊という経済環境下でIPv6導入に現実味が無かったことなどが考えられるが、それにしてもあまりに大きな日米の差には、驚きを通り越して懸念さえ感じていたところである。
  こうした中で、去る2003年6月25〜27日、北米版IPv6サミットである「North American IPv6 Global Summit 2003」がサンディエゴで開催され、これに呼応するように6月13日には、DODが全世界に展開する軍事用情報ネットワークGlobal Information Gridを2008年までにIPv6に移行させるという画期的ニュースが発表された。そこで、この機会に同サミットなども踏まえ、米国におけるIPv6の動向について整理してみようということである。

1. IPv6の概要

(1) IPv6の特徴
  IPv6(Internet Protocol version 6)については、やや技術的な話ではあるものの日本では新聞等でもよく取り上げられていると思うので、ここではその特徴をごく簡単に列挙するにとどめ、詳細な説明は省略する。

@ 事実上無限のIPアドレス空間
  良く知られているように、IPv6ではIPアドレスに128ビット(現行のIPv4では32ビット)が割り当てられる。これらで理論上表現できるアドレス数は、
IPv4: 232 = 4,294,967,296 ≒ 43×108
IPv6: 2128 = 340,282,366,920,938,463,463,374,607,431,768,211,456 ≒ 340×1036
であり、IPv4の約43億個に対しIPv6では呼び方もわからないほど多い。
(ちなみに340×1036は340「澗(かん)」と呼ぶのだそうだ。)

A ルーティング(通信経路制御)の効率化とルータの負荷軽減
  IPv6では、アドレスを電話番号(国番号−市外局番−市内局番−電話番号)のように階層化することによって、各ルータが保有する経路情報(ルーティング・テーブル)の小型化とルーティングの効率化を図っている。
  またIPv6では、IPv4に比べてヘッダを簡素化し必要に応じ拡張ヘッダを付加できるようにしたり、パケットの分割をルータではなくホストで行うことにしたりすることによって、ルータの負荷を軽減し転送効率を上げるよう配慮されている。

B プラグ・アンド・プレイ
  IPv6では、機器をネットワークに接続しただけでルータから自動通知されるネットワークID(IPv6アドレスの前半部)と機器自身が持つ物理的ID(MACアドレス)等からIPv6アドレスを自動設定するなど、プラグ・アンド・プレイを実現するための機能が準備されている。これによって、IPv4環境下のように特別な各種設定を行わなくても家電などがインターネットに自動接続できるようになる。

C エンド・トゥー・エンドでの通信の実現
  IPv4環境下では、アドレス不足などの理由から多くのコンピュータがプライベート・アドレスを使用し、インターネット通信時のみルータのNAT(Network Address Translator)機能によってこれをグローバル・アドレスに変換して通信を行っている。しかし、NATを介するとエンド・トゥー・エンドでの通信に制約・支障が生じる。IPv6環境下ではNATが必ずしも必要ではないため、テレビ電話や情報家電の遠隔操作などエンド・トゥー・エンド通信による様々なアプリケーションの本格的実用化が期待される。

D 通信品質(Quality of Service)の制御
  IPv6では、パケットの優先度の指定などにより、例えばテレビ会議等のリアルタイム通信パケットをルータが優先的に処理するなど用途に応じて通信品質(Quality of Service)を制御する機能が強化されている。(IPv4でも優先度等の指定ができるようになっていたが、指定が必須ではなく、ルータ等の対応が進まず機能していなかった。)

E セキュリティ
  IPv6では、IPv4環境下でもファイアウォール、ルータ等で広く使われている認証・暗号化のためのプロトコルIPSecが標準実装されている。

F モバイル機器による一貫したインターネット通信
  IPv4では、モバイル機器がネットワーク間を移動しても一貫したインターネット通信を実行できるようにするための技術「モバイルIP」の本格的実用化を妨げる様々な課題に直面しているが、IPv6ではこれらを解決するための拡張機能の準備が進められている。


(2)IPv6はなぜ必要か
  ところで、IPv6がなぜ必要なのかについては様々な説明が行われているのであるが、上述のIPv6の特徴を見ても、多くのユーザーにとっては今ひとつIPv4との違いがわかりにくいのではなかろうか。(もちろん、IPv4環境下での新しいアプリケーションの導入はルータやネットワークに一層の負荷をかけることになり、限界が見えてきているということは理解できるのであるが。)
  こうした中で、IPv4とIPv6の本質的な違いと言えるのは、やはりアドレス空間の拡張であろう。(プラグ・アンド・プレイなども、アドレス空間が拡張されるから実現できると言える。)

  しかし、IPv4アドレスはいつ頃枯渇するのかについては、様々な議論がある。 NOKIAのRobert Hinden氏によると、2003年3月時点で既にIPv4ユニキャスト・アドレス(1対1通信用アドレス)の約3分の2が割り当て済みであるが、そのうち約4分の3(全体の約2分の1)が北米地域に割り当てられているなど地域間の格差が大きく、例えばMIT一大学だけで1,700万も持っているのにインド全体で260万しかない。


図表1 IPv4ユニキャスト・アドレスの地域別割当(2003年3月現在)

 (出展: Robert Hinden氏「IPv6 Standards Status」)


図表2 アジアのIPv4アドレス割当


2003年3月現在の割当
中国
インド
タイ
〜 29.4 百万
〜 2.6 百万
〜 1.7 百万

その他の既割当(最小限)
MIT
IBM
Genuity / BBN
米国政府
英国政府
〜 17 百万
〜 33 百万
〜 51百万
〜 168 百万
〜 33 百万

(出展: Robert Hinden氏「IPv6 Standards Status」)


  これでは特にアジアにおけるインターネット普及によって早晩アドレスが枯渇することになりそうだが、実際にはブロックで割り当てられたアドレスがすべて使用されているわけではない。また、アドレスの割当単位を弾力化するCIDR(Classless Inter-Domain Routing)を導入したり、広義のNATの一種であるNAPT(Network Address Port Translation)によってLAN内でしか有効でない複数のプライベート・アドレスがインターネット通信時のみ単一のIPv4グローバル・アドレスを共有したりといった様々な工夫も広く行われており、実際にはIPv4アドレスにはまだ余裕があるとも言われる。
  ただし、余剰アドレスを返上した例は今のところスタンフォード大学だけだということであり、アドレス資源の再配分が容易に行えるとは思えないうえ、アドレス帳(DNS)の書き換えなどのための手間やコストという問題が生じるという指摘もある。

  インターネットの専門家には、IPv4からIPv6にというよりも、むしろIPv4+NATという環境からIPv6+IPSecという環境に移行してエンド・トゥー・エンドのインターネット環境を実現しなければ、新しいアプリケーションの開発普及を通じたインターネットの発展が阻害されてしまうという考え方が根強いようだ。Fortune1,000社のうち700社、及び大半の中小企業やホームネットワークはNATに依存していると言われており、こうしたNATのはびこりを憂慮する人々は、「インターネットの現状はinterNATだ」と嘆いている。

  しかし、現状では、IPv6+IPSecという環境への移行と新しいアプリケーションの開発普及が「鶏と卵」の関係になっており、多くのIPv6関係者は新しいアプリケーションがIPv6の牽引車となることを期待している。


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