2003年9月  JEITAニューヨーク駐在・・・荒田 良平

米国におけるユーティリティ・コンピューティングの動向


5. ユーティリティ・コンピューティングの普及に向けた課題

(1) データ・セキュリティ

調査会社IDCがユーティリティ・コンピューティング・サービス導入を視野に入れている米大手企業34社(2002年の平均年商70億ドル)に対して2003年初頭に実施したアンケート調査によると、まだ導入していない主な理由として、過半数の19社が「IT資源を社外に置き他社と共有することに不安を感じる」点を挙げている。そこには、データ盗難やデータをめぐる事故のおそれを懸念する潜在的顧客側の不安が表されていると言える。
2003年2月、アリゾナ州スコッツデイルで開かれた「ComputerWorld Premier 100」カンファレンスで米大手企業のCIO(最高情報責任者)が集結した際に、ユーティリティ・コンピューティングに関する懸念事項として最も強調されたのが「データ・セキュリティ」だったという。特に、米ホテル経営大手Six Continent HotelsのCIOは、「世界100ヵ国で営業しており、多くの国でデータ・セキュリティに関する法律が整備されていないことを考えると、データ内容の保護とデータ・プライバシーの保護は非常に深刻な課題だ」と強調している。
このように、ユーティリティ・コンピューティングにおいて、データ・セキュリティの確保は最大の課題の一つであると言うことができるであろう。

(2) サービス提供側の中立性

ユーティリティ・コンピューティング市場における大手サービス提供業者のうち、IBMは電算処理機能(CPU)を得意とし、HPはデータ・センター関連商品を売りにしており、Sunはネットワーク機能と抱き合わせたデータ保存・管理を強みにしようとしている。一方で、IBMはコンピュータ、HPはストレージ機器、Sunにはネットワーク機器という自社製品があり、それぞれのサービス事業で自社製品を販売している。
その結果、潜在的顧客側に、顧客の求めているサービス内容よりも自社製品を抱き合わせて売れるサービス内容が優先されるのではないかという懸念が払拭されていないとの指摘がある。上述のIDCのアンケート調査によると、34社中15社が「中立性の高い」サービス提供業者との契約を考慮中であると回答しており、この懸念を裏付けていると言える。

(3) コスト削減効果

ユーティリティ・コンピューティングが期待される背景の一つとして、特にメインフレームやスパコンは高価で簡単には買えないという実情があるであろう。そこで、提供側大手がスパコンなどの演算能力を供給するという事業形態が生まれたわけであるが、では、そのコスト削減効果はどうなっているのであろうか。
いまだ黎明期にあると言えるユーティリティ・コンピューティングの早期契約者に、IBMにとって最も古い顧客の一つであるノルウェーのPetroleum Geo-Service(PGS)がある。PGSは、3ヵ月かかる地震データ電算処理業務にあたりIBMのスーパーコンピュータを時間課金制で契約した。PGSは元来、自社内で同業務を処理してきたが、データ処理量の増大と処理方法の複雑化に伴いシステムの格上げが必要となった。しかし、同社はIBMスーパーコンピュータのオンディマンド・サービスを選択し、その結果、「150万ドルの経費節減」を実現したと報告している。
もちろん、このPGSの例のように、ユーティリティ・コンピューティングはうまく利用すればコスト削減になるであろうし、サービス提供側もコスト削減を謳い文句にしている。しかし、まだ市場が新しいこともあって、具体的なコスト削減効果についての事例はそれ程多くはなく、まだコスト削減効果が証明されたとは言い切れない状況である。
上述のIDCのアンケート調査によると、潜在的顧客企業のコスト削減率希望平均値は28%と非常に高い数字になっており、裏を返せば、ユーティリティ・コンピューティングが潜在的顧客企業に受け入れられるためにはかなりのコスト削減効果が示される必要があると言うことができる。

その他、上述のIDCのアンケート調査によると、潜在的顧客企業はサービス提供業者の財務状況の安定性を重視しており、一方で一般的な契約期間が長すぎると考えている(通常3〜10年だが、潜在的顧客企業は1年を好む)という。これらは、サービス提供業者の財務状況が不安定になった場合にサービス料金を引き上げられるのではないかという懸念や、長期間の契約によって特定のサービス提供業者にロックインされることで、もっとよい契約内容が後年出現した場合にそちらに乗り換えられないという懸念が示されている。
まあ、我がままといえば我がまま、当然といえば当然の主張であろうが、いずれにしても、ユーティリティ・コンピューティングが潜在的顧客企業に受け入れられるための課題は山積していると言えそうだ。

(4) 技術的課題

最近のBusinessWeek 8月25日号では「技術の将来」を特集しているが、この中で「注目すべき4つの技術潮流」の一つとして「ユーティリティ・コンピューティング」が取り上げられている。(ちなみに、他の三つは、RFIDなどのセンサー革命、プラスティック・エレクトロニクス、生体工学による生体部位である。)この記事においては、ユーティリティ・コンピューティングが克服しなければならない課題として、

  • タスク・シェアリング: コンピュータ・システムが需要変動に対応してジョブを分散させることは難しい。

  • 課金: どれだけの処理能力が消費されているのかを正確に算出するための新しい計測技術が必要。

  • 誇大宣伝(Hype): ハイテク企業はこのアイデアに入れ込みすぎており、慎重な顧客企業を興ざめさせかねない。

  • 標準: 様々な技術が明確な産業標準の下で継ぎ目なく動作しなければならない。
    を挙げている。

誇大宣伝はともかくとして、ユーティリティ・コンピューティングというビジネスモデルを本格的に実現させるためには、まだまだ技術的課題も多いということであろう。


6. ITのユーティリティ化の進展 〜「IT Doesn't Matter」

本格的なユーティリティ・コンピューティングが実現するのはまだ先の話だとしても、長い目で見れば、ITのユーティリティ化・コモディティ化は着々と進展している。こうした観点に立って、企業はIT投資による戦略的な競争優位の確立よりもITの費用とリスクの管理に注意を払うべき時期に来ている、というNicholas G. Carr氏の論文「IT Doesn't Matter(ITは問題ではない)」がHarvard Business Review の2003年5月号に掲載され、大きな波紋を呼んでいる。
同論文は、Harvard Business Review のウェブサイトやAmazon.comで7ドルでダウンロードできる。ここでは、同論文の要約だけを以下にご紹介しておく。

  • 企業は競争相手を打ち負かすために資本支出の50%以上をITにつぎ込んでいる。世界中の企業は年間に2兆ドルをITにつぎ込んでいる。しかし、鉄道や電力など広く採り入れられている多くの技術と同様、ITはコモディティ(一般商品)となっており、誰でも手に入れることができるが、もはや戦略的価値をもたらしてはくれない。

  • ビジネス資源を真に戦略的なものにするのは希少性であって、遍在性ではない。企業は他社が持っていないものやできないことから優位性を得る。ITの初期には、例えばFederal Expressの小包追跡システムやAmerican AirlinesのSabre予約システムなどに見られたように、先進的企業がITを革新的に配備することによって競争相手に打ち勝った。

  • しかし、今やITはどこにでもあり、その潜在的な戦略的優位性よりもそのリスクにより注目しなければならない。例えば、企業は電気の利用に基づいて企業戦略を構築することはしないが、その些細な供給停止でさえも甚大な影響を受ける。今日、ITが崩壊すれば企業の生産、サービス供給、顧客満足の機能は麻痺してしまう。

  • ITの最大のリスクは使い過ぎであり、それが企業にコスト上の劣位をもたらす。IT管理は退屈なものでよい。ITによって積極的に優位性を求める代わりに、ITのコストとリスクを、その戦略的価値に関する目新しい誇大宣伝に惑わされず、倹約と実利を宗として管理すべきである。魅力的なことではないが、今やそれが賢いやり方である。

この論文は、非常にわかりやすい論理構成に基づいておりなるほどと思わせるものであるが、IT業界にとってはタイトルが刺激的であるばかりでなく、内容も低迷するIT投資の回復に水を差すようなものであり、当然のようにIT業界からは反論の声が湧き上がった。同論文に対してどのような反応があったのかについては、著者のCarr氏のホームページ(http://www.nicholasgcarr.com/articles/matter.html)に網羅的に記載されているが、IT専門誌のみならず、New York Times、International Herald Tribune、USA Today、Fortune、Financial Times、Wall Street Journal、BusinessWeekといった一般紙、ビジネス誌にも数多くの関連記事が掲載され、賛否両論が戦わされている。

ここでは、この論争について深入りすることは避けるが、Carr氏の論文にはユーティリティ・コンピューティングを考えるにあたって興味深い論点が含まれている。それは、同氏が、「技術には独占的技術とインフラ技術があり、インフラ技術はマクロ経済レベル、国家レベル、産業レベルでは競争力に影響を与えるが、個々の企業レベルでの競争力の源泉にはならない。そしてITは急速にインフラ技術化している。」(これが「ITのコモディティ化」の意味である)と主張している点であり、この「ITのインフラ技術化」の傍証の一つとして、同氏はIBM等がITのユーティリティ企業になろうとしていることを挙げているのである。

ユーティリティ・コンピューティング提供業者がどのように反論(同意?)しているのか気になるところであるが、IBMのコメントは見つけられなかった。HPのCEOのFiorina女史は、同社のユーザー大会における基調講演で上記論文はまったく間違っていると述べたらしいが、同論文の論点をどこまできちんと踏まえた上でのコメントなのかは不明である。

ユーティリティ・コンピューティングにしても、ITのインフラ技術化にしても、長い目で見ればその方向に進むことは確かなのであろうが、これらを巡る現在の様々な議論を見る限り、過渡期はまだしばらくは続きそうである。


おわりに

本文中でも書いたように、ユーティリティ・コンピューティングは概念先行という感が否めず、実際にはその実現に向けて様々な課題も指摘されている。しかし、それでも米国ではユーティリティ・コンピューティングを望むユーザーがおり、注目すべき動向であることは確かである。もちろんその背景には、ASPなどを通じてSLA(サービス・レベル・アグリーメント)の締結などオンディマンド・モデルの経験を積んできているという歴史的経緯に加え、短期的なROI(投資収益率)を重視するコーポレート・ガバナンスや、情報システム関連社員を丸ごとベンダーに移籍させることができる雇用環境がある。つまり、ユーティリティ・コンピューティングは現状ではITアウトソーシングの土壌があってこそ成り立つものであり、それがそのまま日本にも当てはまるとは限らないことに注意が必要である。
(了)

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