2003年11月  JEITAニューヨーク駐在・・・荒田 良平

米国のB2C電子商取引の動向

3. 州・地方政府によるオンライン売上税導入の動向

B2C電子商取引の発展に係わる重要事項の一つとして、州・地方政府によるオンライン売上税の導入を巡る動向について触れておきたい。

インターネットを巡る課税問題としては、1998年10月にクリントン政権下で成立した「インターネット非課税法(Internet Tax Freedom Act)」が有名である。このインターネット非課税法は、インターネットや電子商取引の発展のためインターネットへの新規課税を3年間停止するというものであり、その後2001年11月に2年間延長され、現在連邦議会でその一部修正(同法の適用除外となっていた既存のインターネット接続課税の非課税化等)・恒久化が検討されている。

ただし、インターネット非課税法は、電子商取引に対する課税を全面的に禁止しているわけではない。その詳細は谷口洋志氏著「米国の電子商取引政策」にまとめられているが、かいつまんで言うと、@連邦政府によるインターネット接続及び電子商取引に対する新規課税の停止、A州・地方政府によるインターネット接続に対する新規課税の停止(既存のインターネット接続課税は適用除外)、B州・地方政府による電子商取引に対する複合的・差別的課税の停止、などが定められている。このBの「複合的課税」とは、一つの電子商取引に対し複数の州・地方政府が他が徴収する税額を考慮した負担軽減措置を講じずに課税すること、また「差別的課税」とは、電話等による商取引に比べ電子商取引に重い税を課すことや物理的に州外に存在する事業者に課税することである。つまり、こうした「複合的・差別的課税」に当たらなければ、州・地方政府はそれぞれの売上税を電子商取引にも適用できるということである。

しかし、この差別的課税の禁止は、州内に店舗等を有しないオンライン専業小売業者とクリック・アンド・モルタル(兼業)業者、伝統的小売業者との間の競争条件に不公平を生むうえ、州・地方政府の売上税収を減少させバブル崩壊後の景気低迷で財政危機に瀕する州・地方政府を一層苦しめることとなる。実際に、実在店舗とオンライン消費者が同一州にいる場合など一部だけで電子商取引から売上税が徴収されているのが実態であったという。ちなみに、テネシー大学は2001年に州政府が失った売上税収入は総額130億ドルと試算している。(一方、通販業者等で構成されるダイレクト・マーケティング協会は、2001年のオンライン売上税喪失額は25億ドルと試算している。)

それであれば、オンライン小売も含めた市場中立的な売上税を導入すれば良いではないか、ということなのであるが、ここで問題になるのが、各州・地方政府の売上税がバラバラであるという点である。現実に各州・地方政府の売上税は税率のみならず課税対象の定義や納税手続き等も異なっている(オレゴン州など売上税がない「お買い物天国」のような州もある)うえ、全米で税制管轄区は7,000以上にも上るため、「オンライン小売での売上税の徴収は複雑になりすぎて非現実的だ」とのオンライン小売業者の主張にもそれなりの説得力があった。

そこで各州政府関係者は、オンライン売上税実現の前提となる環境整備のため、地方政府や民間企業の協力も得て、各州の売上税の簡素化を推進するためのプロジェクト「Streamlined Sales Tax Project(SSTP)」を2000年3月に立ち上げ、2002年11月、34の州政府及びコロンビア自治区(DC)が課税対象の定義の統一、税率の簡素化、徴税事務の合理化等に関して合意に達した。その後、全米州議会議員連盟(NCSL)のウェブサイト(www.ncsl.org)によると、2003年7月現在で更に5州がこの合意に加わっており、これらのうち20州(全米の人口の30%以上に相当)で各州の法令の適合化が終了している。(図表6)

こうした状況を受けて、2003年9月には、上述のインターネット非課税法の一部修正・恒久化を規定する「インターネット課税非差別法案(Internet Tax Nondiscrimination Act)」の審議に合わせる形で、各州の売上税の簡素化を前提に州をまたがるオンライン小売からも売上税の徴収を認める「売上・使用税簡素化法案(Streamlined Sales and Use Tax Act)」が議会に提出されている。

一方、このような州・地方政府サイドの動きを受けて、オンライン小売業者サイドでも2003年に入って自主的に売上税を徴収・納税する動きが相次いでいる。全米最大の小売チェーンWal-Martのオンライン部門Walmart.comは、従来9州でのみ売上税を徴収していたが、2003年2月第1週から売上税のある全45州及びDCでオンライン売上税の徴収を始めた。Toysrus.com、Target.com、Borders.com、BarnesandNoble.com、MarshallFields.com、Mervyns.comなども同様である。(なお、Amazon.comは依然として事業所のあるワシントン州及びノースダコタ州でしか売上税を徴収しておらず、eBay.comは同社自身は売買を仲介しているだけであって売上税の徴収・納税義務はないという立場である。)

オンライン小売業者が自主的にオンライン売上税の徴収を始めた背景には、州政府側が売上税の簡素化を約束し、B2C電子商取引が成長を続けている中で、オンライン売上税を回避し続けることは困難であり、執拗に反対しても法制化されるだけだという判断があろう。また、オンライン売上税を回避するためにクリック・アンド・モルタル業者がオンライン小売部門を切り離すことによって、店舗販売とオンライン販売を有機的に統合したマーケティングに支障が生じていたという指摘もある。

なお、オンライン売上税を徴収することによってB2C電子商取引の成長が阻害されるのではないかという懸念に対しては、調査会社Jupiterが2003年2月に、オンライン売上税は消費者のオンライン購買にあまり影響を及ぼさないという調査結果を発表している。同調査によると、自分の居住する州外で運営されるサイトで購入すると売上税を避けられると認識してオンライン購入している消費者は全体の46%であり、そのうちの61%はオンライン売上税を回避するためにわざわざ別のサイトを検索することはしないと回答。オンライン売上税のかからないサイトを必ず探すという人は9%だった。
つまり、消費者は売上税を回避するためにオンライン購入しているのではなく、利便性を求めてオンライン購入している、ということのようだ。私自身の経験から言っても、オンライン購入は(店頭から姿を消した旧モデル製品のディスカウント販売をサイトで探すといったことはあるにせよ)やはり利便性が最大の魅力である。オンライン購入は(最近は配送料は無料化している場合もあるが)取扱手数料がかかったりして実は店頭購入とそれほど価格が変わらなかったりする。

近い将来、幅広くオンライン小売も含めた売上税が全米で導入されることになりそうだが、B2C電子商取引はそれによって大きな影響を受けないところまで発展・定着してきたと言うことができそうである。


おわりに

州・地方政府のオンライン売上税の問題は、日本から見ると理解しにくい問題かもしれないが、独自の税法を持ち収支均衡を原則とする州が集まってできている米国では、例えばニューヨーク州・市で税率が計8.625%にも及ぶ売上税の取りっぱぐれは、州・地方政府にとって大問題である。州・地方政府サイドに「オンライン売上税の徴収漏れは警察官何人分の雇用喪失に相当する」といったキャンペーンを張られ、また「伝統的小売業者との間で公正な競争が行われない」という論理を主張されては、オンライン小売業者サイドとしては「電子商取引の発展のため」というだけでいつまでも売上税を回避できるとも思えない。
オンライン小売への売上税適用の動きは、こうした政治的な力関係を反映したものであろうが、これは裏を返せば、オンライン小売が小売全体の中でそれだけ無視できない位置を占めるようになってきたこと、また売上税を適用しても大きな影響を受けないところまで発展・定着してきたことを示している。
さらにこの事例は、インターネットの発達が各州・地方政府に対して本来それぞれが主権を有する税法の簡素化・標準化を余儀なくさせたという意味で、ITが持つパワーの巨大さを物語っているとも言うことができよう。

(了)

(参考文献)
谷口洋志「米国の電子商取引政策」(創成社)

(参照URL)
http://www.census.gov/eos/www/ebusiness614.htm(図表1、2、3関連)
http://www.census.gov/mrts/www/current.html(図表4、5関連)
http://www.ncsl.org/programs/fiscal/tctelcom.htm(図表6関連)

 

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