98年3月  JEIDA駐在員・・・長谷川英一

米国産業におけるIT活用の動向(前半) -5-


B.自動車業界

 米国ビッグスリーのゼネラル・モーターズ、フォード、クライスラーは、近年総合的な競争力と財務体質を大きく改善したことで知られている。この復活を助けた要因としては、トヨタの製造システムが先鞭をつけたリーン・プロダクションや、TQM、コンカレント・エンジニアリングなどの製造合理化手法が挙げられているが、3社の製造合理化システムには、ITが重要な役割を果たしている。

とりわけ、ITの効用として重要なのは、これら完成車メーカーと主要サプライヤーとの緊密な連携が実現したことである。クライアント/サーバ型アーキテクチャーとSAP R/3などのERPソフトウェアを導入することでITの効果を劇的に高めた自動車業界は、現在、イントラネット及びエクストラネットに急速に移行しようとしている。

業界団体の「自動車産業アクショングループ(AIAG:Automotive Industry Action Group)」における事業者間EDIやエレクトロニック・コマース網構築に関するフォーラムなどの活動も、各社のIT活用を促進している。


事例(3)
自動車ネットワーク・エクスチェンジ
(Automotive Network Exchange:ANX)

 完成車メーカーのビッグスリーと、3社に直接的・間接的に部品を供給しているメーカーが共同で実施しているベンチャーで、運営はミシガン州デトロイトにあるAIAGが行い、技術面の管理運営は「ANX監督者」を務めるベルコア(Bellcore)が担当している。

ITプロジェクト:部品メーカーと完成車メーカーの間の情報交換と取引のためのエクストラネットとバーチャル・プライベート・インターネットの構築(97年9月から実験開始、実用化は98年1月からの予定であったが互換性の問題のため延期中)

推定コスト:非公開

技術内容
 ANXは、公共インターネットを基本インフラとし、セキュリティを強化した新しいインターネット・プロトコルの「IPSec」を使用して加盟企業だけがアクセスできる「バーチャル・プライベート・ネットワーク」としている。加盟企業は、ANX監督者(ベルコア)が指定するいくつかの認定インターネットサービス事業者(CSP:Certified Internet Service Provider)のネットワークを使用してデータの送受信を行う。これらCSPは、ミシガン州にある中央ハブで相互接続を行い、ANXデータを交換している。

プロジェクト概要
 ANXの中心は、3大完成車メーカーであるが、これらのいずかの部品供給網に含まれている企業なら、現有メンバーの推薦を受けてANXに加盟することが可能である。メンバーになると、その企業はCSPの中から1社を選んでインターネット接続サービス契約を結び、ANXの専用ソフトウェアを受け取る。このクライアント・ソフトウェアを使うことで、他のメンバーとの情報交換や電子取引を行う仕組みである。

 インターネットサービス事業者(ISP)がベルコアからCSPとして認定を受けるためには、ネットワークの信頼性、伝送効率、災害対策など、100種類を超えるパフォーマンス基準に合格しなければならない。ベルコアは、ISP業界全体の実態を調査した上で、トップ水準の事業者の実績を水準として採用している。その結果、CSPのネットワーク・ダウンタイム(故障や容量オーバーなどによりネットワークの機能が停止する時間)は年間2.3時間以内、ヘルプデスクの閉鎖時間も年間4.3時間以内というように、極めて高い信頼性が保たれている。CSPは、ANXのメンバーが全てのデータに迅速かつ確実にアクセスできることを保証するよう義務付けられている。ANXはさらに、国際コンピュータ・セキュリティ協会(ICSA)に委託してCSPや技術ベンダーがIPSecの標準に準拠しているかどうかを認定する手続を取っている。

主な成果
 97年9月から12月までの期間に実施されたANXの導入試験では、ビッグスリーと大手サプライヤー6社(Dana、Dofasco、MAKSTEEL、Magna、Taylor Steel、United Technologies Automotive)が参加した。但し、具体的成果に関する情報は公表されていない。これから正式に実用化されれば、ANXの加盟企業数は約1,300社に拡大する予定。

実施企業及び顧客へのメリット
 ANXは、自動車メーカーと部品メーカーとを結ぶオープンEDIとウェブ・コマースのインフラとして機能する見込みである。電子メール、スケジュール情報とアップデート、CAD/CAMデータ、グループウェアなどをはじめ、多彩なアプリケーションやデータの共有を可能にし、業界全体における調達の効率化やコストの削減に威力を発揮することが期待されている。AIAGは、ANXによる調達プロセスの合理化効果は2000年までに10億ドルに達すると試算しているが、クライスラーは、ANXの利用には自社分だけでも10億ドルに相当するメリットがあると見積もっている。


事例(4)
ペレグライン(Peregrine Incorporated)
 自動車部品メーカー。本社ミシガン州サウスフィールド。97年売上高11億ドル。(IT予算非公開)

ITプロジェクト:コラボレーティブ製品設計用マルチメディア・デスクトップ網(98年1月完成。2月よりアプリケーション第1号の運用開始予定)

推定コスト:非公開

技術内容
 合計930のデスクトップPCからなるクライアントに多様なコンテンツ(ビデオ、音声、データ)を供給する、ATM(非同期転送モード)方式のローカルエリア・ネットワーク(LAN)とワイドエリア・ネットワーク(WAN)。ネットワークには、フォア・システムズ(Fore Systems)社のASX-1000型ATM交換機5台を使用する。本社と4箇所の製造施設にそれぞれ設置されているATM交換機は、DS3とT1の高速回線で相互接続されている。各拠点のATM交換機は、データやビデオ情報のサーバやファースト・バーチャル社のVスイッチ(デスクトップ・クライアントに25Mbpsで接続)各数台と、155Mbpsの速度で接続されLANを構成している。それぞれのLANには、ITU H.320標準によるビデオ会議機能も含まれており、ファースト・バーチャル社の技術が使用されている。また、端末(デスクトップPCとビデオ会議室用機器)には、ピクチャーテル(PictureTel)とザイダクロン(Zydacron)の製品が使われている。

プロジェクト概要
 同社のネットワークの主要な目的は、5つの拠点で働く従業員同士のビデオ・コラボレーション(例えば、本社開発部門のスタッフと各工場の技術者が、デスクトップPCやビデオ会議を使って意見を交換する)を可能にすることである。ATMネットワークは、リアルタイムで高画質のビデオ伝送だけでなく、CAD/CAMなどのデータを交換したり、同一のアプリケーションを共同で使用したりといったコラボレーションをサポートする。ビデオ会議機能は、社内のコミュニケーションだけでなく、同社の幹部と主な納入先や仕入先関係者とのミーティングにも試験利用されている。さらに将来は、全社員を対象としたビデオ・メッセージの一斉送信や研修にも応用される計画である。

主な成果、実施企業及び顧客へのメリット
 ペレグラインは、3カ月間にわたり、5台のデスクトップPCと1つのビデオ会議室を使った実験を行い、「顧客との関係を強化し、技術力をアピールする上で効果があった」と報告している。また、製品開発コラボレーションにも、離れた拠点にいる担当者が会議のために出張する必要性をなくし、開発に要する期間を短縮するとともに旅費などの経費を削減する効果があることが確認された。また、製造拠点とのビデオ会議を利用して、本社から離れた顧客や仕入先とのコミュニケーションを密にすることで、品質を高めるための協力体制を強化することもできた。近年、多くの完成車メーカーが合理化の過程で設計・製品改善業務の多くをサプライヤーにシフトしつつある中で、部品メーカーの設計力が相対的に重要になってきていることから、ペレグラインのネットワークは、同社の戦略目標である「設計チームの生産性向上」を通じて競争力拡大に貢献すると見られている。


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