99年3月  JEIDA駐在員・・・長谷川英一

米国におけるハードウェア・ベンダーのソリューション・ビジネス戦略(後半) -4-


(ソリューション・ビジネスへの歩み)
1939年、シリコンバレーに設立されたHPは、1960年代に急速に勢力を拡大し、電子機器市場のリーディング・カンパニーとなった。コンピューティング分野への進出は比較的遅く、70年代に入ってから計算機を製造したのが最初であったが、続く80年代にこの分野の業容を一気に拡大して主要ハードメーカーの一角に食い込んだ。HPは、デスクトップPCからミニコンまで、幅広いシステムの開発製造を行ったが、同社の成長を特に支えたのが、プリンターに代表されるコンピュータ周辺機器のラインナップであった。HPはまた、UNIXのプラットフォームを強力にサポートしていることで知られており、この分野では、サン・マイクロシステムズと並ぶ業界の名門である。クライアント/サーバー型(C/S)ネットワーク・アーキテクチャの重要な開発言語であるUNIXは、米国企業が相次いでC/S環境の導入を図る中で、HP製品の人気を高めることに貢献した。97年、同社のコンピュータ関連売上高は350億ドルを上回った。

 同社のソリューション・ビジネスの原形となったのは、ハードウェアの保守・サポートサービスである。ハードウェア・システムのインストール、サポート、トレーニング、メンテナンスなどを含むこれらのサービスは、「販売済み製品のアフターサービス」として位置付けられており、ハードウェアから独立した個別のビジネスとは考えられていなかった。

 近年になって、ソリューション・ビジネスの収益率がハード製造をはるかに上回ることが証明されるにつれ、HPの経営陣もその重要性を認識するようになった。しかし、「ハードウェア業界のエクセレント・カンパニー」としてのアイデンティティが損なわれることへの懸念からか、ソリューション・ビジネスの本格的マーケティングにはなかなか踏み切れずにいた。ごく最近になって、HPはようやく他社に続いてソリューション・ビジネスの本格的な拡大を目指し始めた。従来社内でも目立たない形で組織されていたサービス部門を統合化し、表舞台に据え直したのである。97年に実施されたこの改革は、業界内でも最も遅い部類に入る。

ステップ1:コンピュータ・サービス部門の設置
HPにおける初期のサービス業務は、アフターサービス的な保守とサポートを中心としており、これらは「ワールドワイド・カスタマー・サポート・オペレーションズ(WCSO)」と総称されていた。その後、システム・インテグレーションに際して他ベンダーの製品を積極的に扱うという「マルチベンダー・サポート」の方針を打ち出し、WSCOの中に「プロフェッショナル・サービス・オペレーション(PSO)」と呼ばれる新しい業務ラインを発足させた。PSOは、91年にWCSOから分離独立し、「コンピュータ・サービシズ機構(CSO)」の名称で再出発した。当時のCSO業務のメインは、レガシー・システムへのソフトウェア・インテグレーションで、特に、同社の強みであるUNIXを活用したプロジェクトが多かった。

ステップ2:販売サポートグループへの再編
 92年、HPは基幹業務である製品販売の組織を大幅に改変し、ユーザー業界単位のバーティカルな部門構成に一新した。また同じ頃、C/Sアーキテクチャに対応したインテグレーション・サポート「コーポレート・コンピューティング・システムズ」の提供も開始した。これに伴い、同社経営陣は、サービス部門(WCSOとCSO)のリソースを各販売ユニットに分散させることで、顧客ニーズに密着したトータルなサポートの提供を目指すことを決定した。こうしてWCSO及びCSOは、形式上固有の部門としての独自性を保ちながらも、実際の業務は金融・小売・製造・通信などのバーティカル部門に分散したグループを単位として行うことになった。

 94年には、証券取引委員会(SEC)のルールに従って上場企業が毎年提出を義務付けられている業務・業績開示レポート「フォーム10-K」に、初めて「コンサルティング及びインテグレーション・サービス」の記述が登場した。この中でHPは、「製品に関する教育をはじめとして、インテグレーション、ネットワーク管理アウトソーシング、製品サポート、さらに資金調達まで、コンピューティングのライフサイクル全体をカバーする総合的サポート・サービスを提供する態勢が整った」と記しており、今日のソリューション・ビジネスに近い構想を既に持っていたことを窺わせる。C/S市場の急拡大を背景に、HPの提供するインテグレーションやアウトソーシングなどのサービスは好調に推移し、94年7月には、WCSOとCSOを合わせて約20,000人のスタッフを抱える規模になっていた。

ステップ3:ソリューション・ビジネス部門発足へ
 95年になると、UNIXに代わる企業ネットワークの基本プラットフォームとしてウィンドウズNTのシェアが急拡大し始める。HP製品のユーザー企業の中にも、NTを導入するところが増えてきたことを受けて、同社はサービス部門の新たな再編を開始した。まず、WCSO、CSO、それに「コンピュータ・プロダクツ機構(CPO)」のサービス・ユニットを合併させ、「コンピューティング機構」とし、共通するハードウェアやソフトウェアのインテグレーション業務を一本化した。

 次いで97年には、UNIXとNTのシステム統合を軸とするトータルなソリューション・サービス、「コライアンス・プログラム(Colliance Program)」を開始した。一方、HP製品の販売とは別のオープンシステム・インテグレーションや、これに関わるコンサルティング・ネットワーク管理・教育などのサービスに従事するグループは、コンピューティング機構から改めて分離され、「HPコンサルティング」として独立した。ここに至ってHPは、ユーザーが選定するシステムの導入・運用支援だけでなく、早期のコンサルティングを通じて戦略プランニングやシステム選定の段階から顧客を積極的にサポートすることに力を入れ始め、本格的ソリューション・ビジネスの領域に進出を果たした。

ステップ4:さらなる模索
 しかし、ソリューション業務を表舞台に引き上げた後も、より理想的な事業戦略のあり方をめぐる同社の模索は続いている。特に、マルチベンダー・サービスの意義については、「他社と違ってハードの売れ行きが低迷しているわけでもないのに、なぜHP製品を中心にしてはいけないのか」という声が、ハードウェア製造者としての伝統を重視する一部社員の間で上がり始めた。このため、最近では、ソリューション業務とハードウェア販売の促進を両立させるためのイニシアティブも試みられるようになった。

 また、HPコンサルティングやコンピューティング機構のソリューション・スタッフは、当初、各地の営業所に分散して配置され、営業部隊と連携しながら業務を行っていたが、「もっとリソースを結集して強力なソリューション・サービスを提供してほしい」という顧客の要望により、98年6月に再び集約化された。97年にHPコンサルティングのゼネラル・マネジャーを務めたジム・シェリフは、「HPが行った数々の機構改革の中でも、これは特に多くの労力を必要とする大変革の一つだった」と述べている。

 しかし、HPの機構改革がこれで終わったわけではない。98年11月には、ソリューション業務と製品販売の一層緊密な連携を可能にするため、新たに「エンタープライズ・コンピューティング機構」が発足した。合計44,000人のスタッフからなるこの巨大な業務ユニットは、大企業向けITシステムのハードウェア、ソフトウェア、コンサルティング、アウトソーシング、教育・トレーニング、資金調達、サポートなどを包括的に提供することになっている。

(ソリューション・ビジネスと今後の展望)
 HPのソリューション・ビジネス戦略で重視されているのは、将来のエレクトロニック・コマース(EC)市場拡大に合わせた総合的サポートの提供である。同社は、充実したハードウェアのノウハウを生かし、エンド・ツー・エンドのECソリューション・プロバイダとなることを目指す。

 96年12月に発表されたエレクトロニック・ビジネス・フレームワーク(EBF)は、コンピューティング全般にわたるHPのコア戦略である「エクステンデッド・エンタープライズ」を敷延したものである。EBFが目指しているのは、顧客企業が新しいECビジネスを幅広く手がける上で必要なシステムとサポートをトータルに提供し、それと同時にITシステムのTCO(total cost of ownership)を引き下げることである。また、HPはウェブ標準の戦略的重要性にも注目しており、あらゆる製品とサービスをインターネット/イントラネットに対応させようとしている。EBFのソリューションには、基盤技術、インターネット対応プラットフォーム、各種ハードウェア・デバイス、アプリケーションはもとより、セキュリティ、管理、パフォーマンス測定といった付加価値サービスも総合的に織り込まれている。「エクステンデッド・エンタープライズ」のコンセプトに基づくEBFは、ユーザー企業を業務パートナー、サプライヤー、カスタマーといったグループと有機的に結合し、拡大的ワークグループの構築を支援するワン・ストップ・ショップとして機能する。

 企業サイドにおけるエレクトロニック・ビジネスの実現を支援するEBFに加え、HPはECのインフラをサポートする業務にも力を入れ始めた。97年にクレジットカード認証サービスのベリフォン(VeriFone)社を買収したHPは、従来の公共電話網に代えてインターネットを使ったグローバルな認証・決済サービスの普及をめざしている。また、エンド・ツー・エンドの高度なECを実現させるため、マイクロソフトとの間にECのフロントエンド・トランザクション・ソフトウェアに関する提携を結んでいる。

 EC関連ビジネスと並んでHPが提供するソリューションの柱となっているのが、各種のアウトソーシング・サービスである。同社の提供するアウトソーシング・サービスの種類と、過去数年間の主な受注プロジェクトは、次の通り。

* インフラストラクチャー・サービス
* エンタープライズ・デスクトップ管理
* エンタープライズ・メッセージング
* エクステンデッド・エンタープライズ・リソース・プランニング
* 通信/ISPネットワーク・サービス代行
* カスタマー・サービス代行

表6:最近の代表的な契約
発注元 金額 内容
AlphaNetテレコム 1996 100万ドル ITサービス管理
カリフォルニア州刑務局 1997 非公開 ITプランニング・導入
オランダ国営電話 1997 非公開 IT戦略マネジメント
Janusミューチュアルファンド 1997 非公開 エンタープライズ・ソフトウェア導入
SPTテレコム 1997 非公開 エンタープライズ・ソフトウェア導入
©Washington|CORE

 上表からもわかるように、HPはアウトソーシング契約の詳細をほとんど公表していないが、これまでのところ、同社のアウトソーシング・サービス得意先は、中規模の企業や公共機関がほとんどであったと見られる。しかし、同社が今後は「フォーチュン500」級の大企業に照準を合わせ、IBMやEDSといった有力事業者によって占められているエンタープライズ市場に食い込もうとしていることは、最近行われた組織変更の動向からも窺うことができる。11月に「エンタープライズ・コンピューティング機構」を発足させたHPは、社内リソースを再編してグローバル企業のITソリューション・ニーズに総合的に対応することを目指している。

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