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99年3月 JEIDA駐在員・・・長谷川英一
米国におけるハードウェア・ベンダーのソリューション・ビジネス戦略(後半) -7- |
3.ソリューション・ビジネスの将来 これまで見てきたように、米国の大手ハードウェア・ベンダーは、近年ソリューション・ビジネスを拡大する戦略を推し進めている。ワングのように、ソリューションが製造業務を上回り、看板ビジネスになっているところもある。5社の事例を全体的に分析すると、これらベンダーのソリューション・ビジネスに共通する興味深い特徴が浮かび上がってくる。
(1) ソリューション・ビジネスへの参入 これまでに取り上げたハードウェア・ベンダーのソリューション・ビジネス参入時期は、いずれも各社が業績の深刻な悪化に直面した後に集中している。例えば、91年にはIBMが空前の赤字を計上し、92年にはDECがリストラに追いこまれるとともにワングが破産を明らかにした。すなわち、ソリューション・ビジネスを重視する各社の戦略は、「攻め」よりも「守り」という意味を持っていたことになる。各ベンダーは、急速に悪化するハードウェア製造ビジネスを立て直し、株主を満足させるには、短期間で収益を好転させることが必要だと考えた。 そのための手段として選ばれたソリューション・ビジネスは、ベンダーにとってプラスとなる要素をいくつも持っていた。まず、ソリューション・サービスの提供は、工場設備の大掛かりな更新や準備期間を必要としない上、機器の製造販売に比べて利益マージンが高いため、赤字基調の収益に対する即効薬となることが期待できた。さらに、ソリューション・ビジネスは、ベンダー企業自身のリストラを推進する助けとなった。システム・インテグレーションや大企業向けソリューションの提供に、マルチベンダーのアプローチを採用したハードウェア・ベンダーは、顧客にとってのトータルなソリューションが自社製品だけでは構成できないことを認めた。各ベンダーは、不採算ラインを切り離して製品ラインを自社の得意分野に集中させるとともに、他の企業とのパートナーシップを推進して本当に価値あるソリューション・パッケージを提供できる体制を整えた。このように、ダウンサイジングとソリューション・ビジネスという二つの対策が噛み合うことにより、米国のハードウェア・ベンダーは再生を果たしたのである。 (2)ソリューションを機軸とする戦略への転換 90年代中盤になると、ハードウェア・ベンダーのソリューション・ビジネスに対する姿勢が大きく変化した。それまで、業績回復策としてソリューション・ビジネスに取り組んでいた各社が、全社的な事業戦略の立案に欠かせない要因として、ソリューションを重視するようになったのである。このような転換の好例がIBMである。「Eビジネス」のコンセプトは、もともとIBMグローバル・サービシズで提唱されたものであるが、現在では、ハードウェアやソフトウェアを含むIBMのあらゆる事業部門における統一テーマとなっている。現在同社は、コンピュータ・ハードウェアの代表製品である、ミッドレンジ機のAS/400を「Eビジネス・システムの運用に最適のサーバー」として売り込んでいる。また、ロータスやチボリといったソフトウェア事業者を買収したのも、IBMがEビジネスの主要な支援コンポーネントとしてこれらの企業の製品に注目したからにほかならない。 このことは、米国のハードウェア・ベンダーが事業戦略を立案する過程に本質的な変化が起こっていることを示している。数年前まで、各社の戦略は全て「いかにマシンを売るか」を中心としていた。コンピュータを1台でも顧客企業に納入してしまえば、修理プラン、保守サービス、周辺機器などの派生収入がついてくるからという理屈である。しかし現在では、ビジネスが機器ではなくソリューションを中心に回るようになった。まず、顧客企業に特定のソリューションを買ってもらい、そこからサービス(システム設計、設置、保守)及び製品(ソリューション運用のためのインフラ)の収入を上げるわけである。また、ここで販売される製品には、他ベンダーからのものも多数含まれている。「VARビジネス」誌によると、IBMグローバル・サービシズは他社製ハードウェアのトップリセラーの一つに数えられるという。 ソリューション・ビジネスは、各社のM&A戦略立案にも重要な影響を及ぼしている。この典型例がワングで、同社はソリューション業務拡大のために、積極的な買収を続けている。また、DECと合併したコンパックの主な目的も、PCベンダーから大企業向けソリューション事業者への転換を果たすことであった。HPは、金融セクター向けソリューションの基盤技術を獲得するため、電子決済システム開発のベリフォン社買収に踏み切った。 ほとんどのハードウェア・ベンダーは、あらゆる産業分野を網羅するソリューション提供は不可能であるとの認識から、ソリューション部門をはじめとする自社業務の範囲を、特定の顧客業種に絞り込み始めている。対象として最も魅力的なのが、金融・小売・物流・政府などに代表される、高度な分散システムのネットワークを必要とするセクターである。 さらに、ソリューション・ビジネスへの注力化を通じ、ハードウェア・ベンダーはオープンシステムの世界で操業することへの自信を強めている。顧客企業をかつてのように自社規格に囲い込むのではなく、「ベスト・オブ・ブリード」の考え方に従って、オープン標準をサポートし(IBM、HP、DECがOSにUNIXを採用しているのはこの例である)、自社製品を他のベンダーの製品と統合化できるように努めている。ノベルの元CEO、レイ・ノーダは、これを「コ・オペティション(co-opetition、協力と競争の合成語)」と名づけた。ソリューション業界では、企業同士が協力と競争を同時に行っていく必要があるという考え方である。このようにして、ソリューション・ビジネスは米国ハードウェア・ベンダーの業務と戦略の再編に大きな影響を与えてきた。 (3)ソリューション・ビジネスの新しい分野 現段階ではまだ、ハードウェア・ベンダー各社のソリューション業務に目立った相違は見受けられない。しかし、前章のケーススタディからは、各社のソリューション・ビジネスの中心となりつつあるいくつかの市場やアプリケーション分野を窺い知ることができる。今回取り上げたベンダーの間で重視されているのは、次の4種類のソリューション・サービスである。
![]() このように、ソリューション・ビジネスは、ハードウェア・ベンダーの戦略ツールとなってきているが、多くのベンダーが、ソリューション・ビジネスのニーズに合わせてハードウェアを設計することはしていない。ほとんどのベンダーは、組織内で製品開発部門とソリューション部門が別々に発達している。先進的なベンダーは、これからも製造とソリューションの相乗効果を考えた戦略を定めていこうとしているが、開発計画全体をソリューション・ビジネスの観点から規定することは、今後もないと思われる。 (4)戦略的方向性 ITが発達し、官民両セクターで広く普及していく中、システム・インテグレーションは今後もハードウェア・ベンダーに確実な収益をもたらし続けるであろう。しかし、戦略的見地から見て最も有望と考えられるサービスは、アウトソーシングである。ガートナー・グループによると、2000年までに全企業の約75%が何らかのITアウトソーシング活用に踏み切ると予想されている。このように、アウトソーシングは今やビジネスの基本要素になろうとしているのである。 企業は、主として人材確保の観点からアウトソーシングに注目している。コンスタントに変化する技術環境に対応できる人材の確保は、多くの企業にとって困難である。アウトソーシングは、ソリューション・プロバイダーが顧客企業と長期的な協力関係を通じ、顧客の戦略オペレーションに自らの存在を組み込むサービスである。アウトソーシング契約に含まれているデータセンター管理やリモートデータ処理といった日常業務は、その運営戦略が日増しに重要となっている。企業業務が複雑化し、戦略的価値が高まっていることから、アウトソーシングはソリューション・ビジネスの中でもイノベーションが盛んな分野となっている。 ハードウェア・ベンダーは、ネットワーク管理と並んでアプリケーションと業務プロセスのアウトソーシングに注目している。アプリケーション・アウトソーシング(APO)は、顧客企業に代わってベンダーが自社施設でERPシステムを運用するサービスである。情報のアップデートは、顧客企業がリモートで行うが、ERPアプリケーションを日々管理維持する作業は、ベンダーが直接手がけている。APOは、既存ITシステムをリエンジニアリングするとコスト効率が悪くなる企業のために、ERPアプリケーションのオペレーションを肩代わりすることで、効率化に寄与する。これとよく似た業務プロセス・アウトソーシング(BPO)は、顧客企業における特定のオペレーション(たとえば給与業務)を全面的に社外に委託することをさす。BPOは、APOほど新しいコンセプトではなく、例えば施設管理などのサービスは数年前から行われている。しかし、コンピュータやIT技術が業務に統合化されることが増えている現在、ハードウェア・ベンダーが技術的に高度なソリューションを提供できるチャンスも広がっている。 国際的な認知度とサービス態勢を確立してきたハードウェア・ベンダーは、幅広いソリューション需要に応えることができる。しかし、戦略コンサルティングのノウハウで劣っている上にソリューション市場への参入が遅れたために、ほとんどのベンダーはフォーチュン500クラスの大企業からの受注を勝ち取ることが難しい。そのような中で、96年にIBMがアンダーセン・コンサルティングやEDS、CSCといった大手インテグレーターを抑えてグローバル・アウトソーシング・ベンダーのトップに立ったことは、ソリューション・ビジネス参入後のハードウェア・ベンダーにとって画期的な出来事であったと言える。 ユニシス、DEC、HP、ワングを含めたその他ベンダーにとっては、中規模企業やフォーチュン1000クラスの中堅企業にターゲットを絞ることが必要となっている。これらの対象企業は、IT投資を行う余裕がある最大手企業に比べてソリューション導入が遅れており、つい最近ERPインテグレーションや本格的アウトソーシングなどの契約を結び始めたところである。特に、金融・通信・小売などの分野では、フォーチュン1000級企業もコア業務以外の部門を分離したり、ECシステムを導入したりする動きが始まっており、ベンダーにとって魅力的市場となっている。 (5) ハードウェア・ベンダーによるソリューション・ビジネスの将来 これまでに見てきたように、多くのハードウェア・ベンダーはソリューション・ビジネス拡大のために事業戦略を大きく転換させてきた。その結果、ソリューション専業プロバイダーや会計事務所に代表される既存のITサービス事業者との競争が顕在化していくであろう。参入が遅れたハードウェア・ベンダーにとって、ビッグ4と呼ばれるコンサルティング大手と直接競合していくのは不可能であり(IBMは例外)、今後の発展のためには、市場に独自のニッチを見出していくことが必要である。 今後、ソリューションに対応できる従業員を増やしていかなければならないハードウェア・ベンダーは、ハード製造者ならではの持ち味を生かしながら、自分たちのソリューション・ビジネスを作り出していくものと思われる。各社が持っている技術ノウハウや豊富な技術スタッフ、それにハードウェアの開発製造に対応した施設設備は、ソリューションの中でも技術的性格の強いサービスに最適であると言える。マルチベンダー製品のサポートやインテグレーションは、オープン・システムを基本とする最近のコンピューティング環境では当たり前のものになりつつあるが、この分野では、まだハードウェア・ベンダーが優勢である。他にも、高度な技術力が求められる分野、例えばシステム・インテグレーションやアウトソーシングにおいて、ベンダーは有利に競合していくことが可能である。 しかし、コンサルティング主体のソリューションを提供するためには、顧客企業の経営トップと緊密な関係を結ぶ必要があるため、この分野で競合していけるのは、独立コンサルタントや会計事務所といった一握りの勢力に限られている。従って、ソリューション分野に参入して間もないハードウェア・ベンダーは、戦略的な経営コンサルティングよりもまずは技術的なソリューションに特化してビジネスの発展を目指すことがふさわしいということができる。 おわりに 「はじめに」のところで述べたように、本レポートはワシントン・コア社に依頼して作成してもらった報告を基にしている。ソリューション全体を展望するなら、コンサルティング企業なども含めるべきだろうが、ハードウェア・ベンダーのみに絞ったのは、現在の日本にとって最も参考になろうと思ったからである。厳しい経済環境の中で、ハードウェアを主体としてきた日本のIT産業が転進していくためには、単なる分社化や効率化のみでなく、戦略分野の拡大も必要であろう。遅れている日本企業のIT利用を高めることは経済そのものを活性化する道でもある。ぜひ、ソリューション・ビジネスをこれからの戦略分野に据えて欲しいものである。そのためには、ワングの例にあるように、ソフトハウスの買収なども一つの方法であろうし、ソフトハウス側でも高く買ってもらうべく、得意分野を明確にして技術を磨いておかなければならないだろう。
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