99年7月  JEIDA駐在員・・・長谷川英一

米国における電子商取引の最新動向 「トランズアクショナル」から「リレーショナル」へ -4-


5.ECの成功要因

 複数のコンサルティング会社や調査会社は、ECの多くの局面を分析した結果、成功につなげるECの導入と、てこ入れのためのガイドラインを作成している。例えば、ITのコンサルティングサービスやニューズレターの発行を行っているPatricia Seybold Groupは、ECの主な成功要因として以下の5つの条件を挙げている。

条件1:ユーザーが独力でも使える利用方法が分かりやすいウェブを作成  カスタマーサービスなどの助力なしに、自分でトランザクションが完了できるウェブサイトを作り、ユーザーのセルフサービスを促進する。

条件2: カスタマーとの関係を育成  売上を伸ばすことだけでなく、カスタマーロイヤリティーをいかに築き、リピーターを増やすかに専念したウェブ作りを進める。

条件3:ウェブ利用の際、必要なプロセスの一本化・簡素化  ECシステムのインテグレーションに伴い、バックオフィスプロセスのリエンジニアリングを行う。

条件4:個々の顧客のニーズを把握した“一人市場”を目指す  顧客に一人ひとりを個々の市場とみなし、一人ひとりの顧客のユニークなニーズに見合ったサービス/コンテンツが提供できる個別化・特化した技術を利用する。

条件5:オンラインコミュニティーの育成  単なるトランザクションの場で終わらせるのでなく、カスタマーが利用を楽しみにするようなECウェブサイトを形成し、興味を持って利用するユーザーによるウェブコミュニティーを形成する。

 バージニア州ビエナに拠点を置くITコンサルティング会社American Management Systemsは、同様にCSFリストとして以下の項目を挙げている。

  • 顧客との関係と“リレーションシッププライシング”(トランザクションのコスト効果を最大限にするのではなく、顧客一人当たりの売上を最大限にする)に焦点を当てる。
  • 革新的な(必要ならば他会社との製品・サービスとのバンドル化も含めた)製品・サービスのバンドル化を目指す。
  • 優れたカスタマーサービスを目指す。
  • 一回ごとのトランザクションが面白く、楽しめるものになるよう工夫する。
  • 個人向けに特化、カスタム化を心掛ける。
  • 情報ソース、ビジネスツール、あるいはエンターテイメントサイトとして顧客が何度も利用したくなるウェブサイト作りを目指す。
  • 基本的なトランザクションタスク(必要な個人情報の入力など)が最小限の努力で簡単に、楽しくできるようにする。
  • 顧客の期待に見合えるように常に努力する(最新の技術やECサイトのベンチマークで他の全てのサイトと差をつける)。

 前述のアマゾンやデルのウェブサイトはこれらのかなりの項目を網羅しており、理想的なサイトであることがこれをみても分かる。


6.米国各産業界におけるECリーディング・カンパニー

 現在、米国のECをリードしている各企業・業界の先進例を紹介する。いずれもリレーショナルECを心掛けているところであり、一般顧客、あるいは事業パートナーとの関係重視を狙った電子商取引戦略を個々のケースを通じ、まとめてみた。

ケース1: ウェルズ・ファーゴ(Wells Fargo)銀行 (金融業:高速住宅ローン受理サイト)(www.wellsfargo.com

 住宅ローンやオンライン銀行取引などをいち早く導入し、常に米国銀行業界をリードし続ける存在として有名なウェルズ・ファーゴ銀行は、インターネットを利用したリアルタイムの住宅ローン申込みサイトを開設、画期的なサービスとして注目を集めている。

 米国では通常、住宅ローンを承認するプロセスは数日、場合によっては2週間程度かかり、ローン利用者にとっては気をもみながら承認を待つケースが多い。しかし、同行のサイトで申し込んだ場合、申込みから数秒で全ての手続きが終了し、迅速にローン契約が結ばれる。ローン契約作業の短縮の決め手は、承認プロセスの徹底したプログラム化で、申込者から提供されたデータを独自のコンピュータ言語を使い、瞬時に分析処理している。同行によると、この承認システムの導入で顧客満足度も急激に高まっているという。

 新システムの開発には、ローン承認プロセスのコンピュータ・プログラム化、独自のコンピュータ言語の開発、従来利用してきた通信インフラとインターネットの接続など、高度なシステム統合の技術と、万全のセキュリティ対策が不可欠であった。そこで、ウェルズ・ファーゴ銀行は、信用承認システムの開発を専門に手がけるズート・バンキング・システムズ(Zoot Banking Systems)にシステム開発を依頼した。ズートは、アメリカン・エクスプレスやクライスラー・ファイナンシャル・サービシズを顧客に抱えており、米国金融機関トップ100のうち、40社に承認システムを導入した実績を持つシステム・インテグレーターである。

 ウェルズ・ファーゴの新サイト開発では「decision engine」と呼ばれるコンピュータ・プログラムを導入した。決定エンジンとは、ローン承認プロセスにおいて、通常なら人間が行なう作業をコンピュータにやらせるよう設計された非常に複雑なプログラムであり、サイト上でのローン申請者の回答を分析してランク付けを行い、ローンを承認するかどうかを決定する。回答は質問に答える形式で、例えば「あなたは18歳以上ですか」「現在、家を所有していますか」などの初歩的な質問から始まり、世帯の家族構成、企業名や年収、購入額などを徐々に記入していく。

 決定エンジンは、申込者の信用(クレジット)に問題がないかどうかもチェックする。新システムは、信用データを扱う企業3社のシステムと直結させ、導入もスムーズに行われた。更に、ズートと協力し、コンピュータ言語を開発、申込者の信用データを容易に分析できる環境を作り上げた。また、セキュリティ対策としては、ファイヤーウォールや暗号技術が利用されており、信頼のおけるシステムを実現している。


ケース2 :アメリカン航空 (American Airlines)(航空業:徹底的にカスタム化したサイト)(www.aa.com

 アメリカン航空は、数年前からウェブサイトを設置しており、「最も人気の高い航空会社ウェブサイト」として注目を集めていた。サイト利用者数が急増、従来のサイトでは効率的に対処できなくなったため、98年夏、新サイトの開発に踏み切った。新サイトの開発では、リレーショナルECのトレンドに合わせ、利用者個人に合わせたウェブのカスタム化に一番の重点が置かれた。

 利用者はサイトにアクセスすると、自分の名前とマイレージ数が表示されたスクリーンに迎えられる。また、過去の旅行歴などから各種サービス旅行プランなどがサイト上で紹介されるほか、これまでに加算されたフリークエントフライヤー・マイレージ(アメリカン航空は「AAdvantage」と呼んでいる)の表示や加算数に対応した旅行プランの説明も簡単に行われる。また、希望によっては電子メールでも最新情報が逐次送付される。

 この新サイト開発には外部システム・インテグレーターの助けを借りても、5カ月掛かったと言われており、十分なセキュリティ対策を行った上で、膨大な個人データの管理や情報システムの統合を行ったのがこの点からもうかがわれる。

 新サイトの開発で最も問題となったのが、1)アメリカン航空のウェブサイト、2)「AAdvantage」のデータベース、3)セーバー・グループ(Sabre Group)が開発した航空券予約システム―の3つをいかにして接続するかであった。とりわけ、各システムは異なるメーンフレーム(汎用コンピュータ)上で管理されていたため、高度なシステム統合技術が必要となった。そこで同社は、消費者向けウェブサイトの開発を手がけるクオンタム・リープ・コミュニケーションズ(Quantum Leap Communications)と、システム・インテグレーターであるサイト・アンド・サウンド(Sight & Sound)にウェブサイトの開発を依頼した。アメリカン航空はまず、ブロードビジョン(BroadVision)が開発したデータベース管理ソフトウェア「One-to-One」を導入、カスタム化されたウェブサイトを構築するため、コンテンツと顧客のデータを統合した。次に、ウェブから送られるデータ要請とセーバーの予約システムを接続、利用するプラットフォームに関わらず、異なるシステム間で自由にデータをやり取りできる環境を作り出した。

 これにより、アメリカン航空のウェブサイトは高度なカスタム化が実現されるようになった。新サイト開設後、利用者数は増加の一途をたどっており、現在では、サイトを訪れる人の数は1日30万人を超えるまでになっている。今後は、音声認識技術などを導入して、更に使い易いウェブサイトの開発を目指している。


ケース3:エッグヘッド・ドット・コム (Egghead.com Inc.)(情報機器産業=ユニークなサイト作り)(www.egghead.com

 もともと、エッグヘッド・ソフトウェアと呼ばれていた同社は1984年に操業し、PC関連ハード/ソフトの販売で、全米のモール250カ所に強力な販売網を築いていた。しかし、数年前からCompUSAなどのディスカウント小売業者との競合が激しくなり、経営は悪化する一方であった。97年にCEOに就任したオーバン氏はオンライン販売を計画し、現状を打破する戦略を考え出した。その戦略は販売拠点を完全にオンラインに移すことであった。97年中に全販売店を閉鎖し、オンライン一本の小売業者へと変貌した。しかし、デルなど強力な競合他社は少なくないため、リレーショナルECの考えを採用し、できるだけユニークなサイト作りを心掛けている。

 サイトの目玉になっているのが、SOHO(Small Office/ Home Office)向けのディスカウントや、毎月定期的に行われる「Liquidation(大安売り)」セール、毎週開かれるサイト上の競売である。SOHO向けのディスカウントは、小型サーバーやイーサネットなどで、いずれも小さな事業者の間でニーズの多い商品を揃えている。これは、エッグヘッドが中小企業や個人事業者、個人ユーザーをターゲットに絞っているためで、既に他のPCメーカーなどと契約している大企業対象の市場には参入できないと判断したためであるという。

 また、毎週の競売ではモニター、デジタルカメラ、ラップトップPCなどを1ドルから競り始め、サイトをみたユーザーが電子メールで入札する形態になっている。エッグヘッドの広報によると、競売をサイト内に設けたのは、1)ついユーザーが何度もクリックしたくなるようなサイトを作り、リピーターを増やしたい、2)競売サイトをクリックするリピーターは他の商品にも興味があるため、たとえ競売で格安にしか値が付かなかったとしても長期的にはプラスと考える―という2点だったという。eBayなどの競売サイトが人気を集めているいることから分かるように、サイト上での競売が電子商取引のトレンドとなりつつある。エッグヘッド・ドット・コムに限らず、競売を戦略に加える企業も増えており、この3月にはアマゾンも競売を行うと発表している。

 エッグヘッドは通常の店舗販売をしていた大手小売業が、オンライン販売専門の企業へと転身し、インターネット社会の潮流にうまく対応した代表的な成功例である。また、同社の転身が注目されるのは、そのビジネス・モデルの改革が驚くほど素早く実行されたからである。オンライン販売計画に乗り出した当初、エッグヘッド・ソフトウェアのウェブサイトはただの情報提供をしていたのみで、ECに関連したサービスは何一つ 提供されていなかった。まず、ウェブサイト全体の再設計から手をつけ、97年 8月には、サープラス・ダイレクト(Surplus Direct)というオークションサービスを提供するウェブサイトを買収。更に、98年1月末にはエッグヘッド・ドット・コムと改称され、全米に展開していた全ての販売店を閉鎖。それに伴いそれまでいた従業員の80%にあたる人員を解雇するという大胆なリストラに踏み切った。現在、同社のウェブサイトは常時4万点以上の商品を販売しているほか、在庫処理と工場調整品の販売を専門に扱う2つのサイトを設けている。

 オーバン氏は、1)同社の前身であるエッグヘッド・ソフトウェアのネーム・バリューが確固たる地位を築いていた、2)思い切ったリストラを厭わなかった、3)販売店の閉鎖を実行した時点で6,000万ドル近い資産を保持していた―などの点が成功の鍵であったと述べている。

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