2002年10月  JEITAニューヨーク駐在・・・荒田 良平

「ニューヨーク州におけるナノテクへの取組み」


 

4.                国際的なナノテクR&D競争の現状

ここで、米国連邦政府によるナノテクノロジー戦略と、ナノテクR&Dに関する国際的競争の現状について簡単に触れておこう。

ナノテクは、上述の定義等からもわかるようにその目指しているもの自体はそれ程目新しいものではなく、日本でも旧通商産業省や旧科学技術庁によって国家プロジェクトとして関連のR&Dが行われるなど古くから取り組みが行われてきた。

こうした中で、よく知られているように、2000年にクリントン前大統領が「国家ナノテク戦略(National Nanotechnology InitiativeNNI)」を打ち出してから、ITやバイオテクノロジーと並んでナノテクが戦略的技術分野として一躍脚光を浴びるようになったのである。

NNIは、国家科学技術会議(NSTC)の技術委員会Nanoscale Science, Engineering, and Technology小委員会(NSET)による総合調整の下、全米科学技術財団(NSF)、国防総省(DOD)、エネルギー省(DOE)など16の省庁・機関によって推進されている。

NNIの内容や進捗状況については、NSETの事務局であるNational Nanotechnology Coordination OfficeNNCO)が年次報告書としてとりまとめて公表している。20026月に公表された最新の年次報告書(http://www.nano.gov/nni03_aug02.pdf)によると、米国連邦政府のNNI予算は、2001年度実績46,430万ドル、2002年度見込6440万ドル、2003年度要求71,020万ドルと順調に伸びている。また、その分野別内訳を見ると、基礎分野では素子・システムなどが、また応用分野ではナノエレクトロニクスなどが、大きな位置づけを占めていることがわかる。(図表34

図表3 NNI予算の省庁別内訳

(出展: NNI年次報告書から作成)

 

図表4 NNI予算の分野別内訳

(単位: 百万ドル)

   

FY2001実績

FY2002見込

FY2003要求

基礎

152.5

213.5

227.5

 

現象・構造・ツール

66

90

94

 

素子・システム

37

48

53

 

バイオシステム

33.5

48.5

50.5

 

理論・モデリング・シミュレーション

16

27

30

応用

150.6

234.5

266.7

 

ナノエレクトロニクス・光電子工学・磁気工学

47.5

92.5

96.5

 

ナノ構造材料設計

35.5

52.5

62.5

 

先進ヘルスケア・治療

20

19.8

22.3

 

バイオナノ素子

10

15.5

19.5

 

計器・測定法

11

13.6

23

 

その他

26.6

40.6

42.9

センター・ネットワーク

71

91

108

インフラ

76.8

51

92

社会・教育

13

14

16

合計

464.3

604.4

710.2

(出展: NNI年次報告書から作成)

しかし、このようにナノテクに力を入れているのは米国だけではない。

シンポジウムの講演でNSFRoco氏は、各国政府による2002年度のナノテクR&D支出は日本6.5億ドル、米国6億ドル、西欧4億ドル、その他(韓国、台湾等)5.2億ドル、合計21.7億ドルに上り、1997年の4.3億ドルに比べ5年で5倍になったとして、ナノテクR&D分野で国際的に激しい主導権争いが演じられていることを指摘した。(図表5

図表5 各国政府のナノテクR&D予算


(出展: Roco氏講演より作成)


また、Global Emerging Technology Instituteの和賀三和子氏はシンポジウムにおける講演の中で、日本のMIRAIHALCAASUKAASPLAといった半導体関連のナノテク・プロジェクトに加え、韓国、台湾などの動向を紹介し、アジア地域においてナノテクへの投資が急増していると指摘した。

こうした状況を踏まえNSFRoco氏は、ナノテク分野では米国は他のバイオ、IT、宇宙開発、核開発等の分野のように主導的立場を確立できていないと述べ、暗に米国政府によるナノテクR&D予算の大幅増額の必要性を指摘した。

なお、今回のシンポジウムへのアジア系の参加者は、講演を行った和賀氏の他、日系企業ではエレクトロニクス大手1社、半導体製造装置大手2社(いずれも米人)、投資企業1社(米人)及びJETROで、韓国、台湾、中国系の企業からの参加は確認できなかった。(ただし、在米韓国人、中国人による在米ベンチャー企業が参加していた)。また、在ニューヨーク中国総領事館から参事官が参加し、注目を集めていた。

5.                半導体業界における中国脅威論

今回のシンポジウムでは、近年のトレンド(?)である「中国脅威論」も聞かれた。

米国半導体工業会(SIA)のDaryl Hatano氏はシンポジウムの講演で、世界的なIT不況下にあって中国の半導体市場は2001年に30%成長を遂げ(世界市場の13%)、中国政府の非常に魅力的な投資誘致政策もあって半導体業界の設備投資が中国に向かっていると指摘し、半導体業界における中国脅威論を展開した。

また、Hatano氏は、米国政府は半導体業界の米国内における投資を促進するため、@海外子会社の利益を懲罰的課税なしに米国に移転できるようにすべき、A企業誘致のための非課税地方債(Industrial Revenue Bond)の限度額を廃止すべき、Bハイテク特区を創設すべき、C州税軽減の効果が連邦税の増加によって薄められない仕組みにすべき、といった具体的な提言を行った。

Hatano氏の対中国観は半導体事業に関するものであり、ナノテクに関するものではない。しかし、ナノテクのユーザーである半導体の製造で中国が巨大なポテンシャルを持っていること、またHatano氏が指摘するように中国の工学部卒業生が日米の約10万人に対し既に倍の約20万人に達していることなどを考慮すれば、将来ナノテクにおいても中国が重要なプレイヤーになる可能性は高いと言えるであろう。

6.                オルバニーでナノテク?

正直に言って、ニューヨーク州に住んでいる私でさえ、オルバニーをナノエレクトロニクスのCenter of Excellenceにするという構想を最初に耳にした際の印象は、「オルバニーでナノテク?」というものであった。(実際、今回のシンポジウムでも、地元関係者以外と話をすると同様のことを口にする人がいた。)

そこで、以下にオルバニーの近況について見てみることとしたい。

ニューヨーク州の州都オルバニー(Albany)は、ニューヨーク市の北約230km、車で約2時間半の所にあり、2000年時点の人口は近郊も含めると90万人弱(全米56位)を有する地方中核都市である。(図表6

図表6 米国北東部とニューヨーク州都オルバニー

しかし、ニューヨーク州の南東端にある「世界の首都」ニューヨーク市から見ると、州都オルバニーを含めた「ニューヨーク市以外」の州北西部(アップステートと総称される)は、歯に衣着せずに言うと「無視され」「忘れられた」地域ということになってしまう。

したがって、ニューヨーク州にとって、オルバニー近郊を含む州北西部の振興は大きな政治的課題の一つであり、本年11月に州知事選を控える現Pataki知事にとってハイテク産業誘致は是非とも実現させたいテーマだったのである。(オルバニーの地元紙Times Unionは、Pataki知事の今回のInternational SEMATECH North誘致成功は彼の政敵の最大の攻撃材料の一つを封じ込めることになるだろうと報じている。)

Pataki知事は、ニューヨーク州にハイテク企業を誘致するための総額10億ドル規模の構想を打ち出し、オルバニー(ナノエレクトロニクス)、バッファロー(バイオインフォマティックス)、ロチェスター(フォトニクス)、シラキュース(環境システム)などのCenter of Excellence化を進めることとし、各地にSTARStrategically Targeted Academic Research)センターやCATCenter for Advanced Technology)などを設置した。

こうした中で、オルバニーでは、UAlbanyに設置されたAlbany NanoTechを中心として、UAlbanySchool of Nanoscience and NanoengineeringInstitute for Materialsなどの組織と、州政府の支援によるNanoelectronics and Optoelectronics Research and Technology CenterCenter for Advanced Thin Film Technologyなどの研究所が連携することによって、ナノエレクトロニクスに関するCOE化が推進された。

オルバニー近郊には、元々GEのシリコン開発・製造・販売部門GE Siliconesの本社やIBMのコンピュータ及びマイクロエレクトロニクス事業部(かなりニューヨーク市寄りだが)などの企業が立地している。そこで、地元ではオルバニー近郊を「Tech Valley」と名付け、ハイテク企業の誘致による地域振興を図った。

このようにして、Pataki知事は今回のISMTN誘致を実現させたわけである。つまり、今回の成功は、UAlbanyを中心としたナノエレクトロニクスのCenter of Excellenceの建設やTech Valleyの振興といった目標に向けた大きな前進であり、地元の期待は非常に大きいものがある。(New York Times紙は、今回のISMTN誘致の発表を受けて、「何年か前に地方政府が緑深いハドソン川流域をTech Valleyと呼んだ時は相当無理しているなという感じがしたし嘲笑する人も多かったが、ISMTN建設が発表された今、もう嘲笑する人はいない」と多少茶化して記している。)

さらに、Pataki知事は最近、ISMTNからのスピンオフ企業などのためにUAlbanyに隣接する300エーカー(120万u)の州政府事務所敷地に新しいテクノロジーパークを建設することを発表している。

このような州政府の熱心なハイテク企業誘致は、もちろん他州も同様である。NSFRoco氏によると、半導体関連に限らずナノテク全般で見ると、南カリフォルニア、ペンシルバニア、テキサス、バージニア、デンバー、シリコンバレー、サンディエゴ、ミシガンなどの地域でも、それぞれ集積地域化を目指した計画が進められているという。

しかし、今回のニューヨーク州のコミットメント2.1億ドルは、州政府としては最大規模のものである。(図表78



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