2003年4月  JEITAニューヨーク駐在・・・荒田 良平

「米国のIT企業の対中国観」


5. 米国政府の禁止措置の果たす役割

質問 (5): 米国政府が、最新式の設備またはプロセス技術の対中輸出を禁止しているにもかかわらず、中国では米国のベンチャーキャピタルや外資直接投資が増えている。また、中国のベンチャーキャピタル(VC)事業も発展しており、VC団体に所属するVC企業が増えている。米国政府の禁止措置は、単に米国企業の利益の可能性をなくしているだけだろうか。貴社が中国を投資機会と見なしているならば、米国政府の禁止措置についてどう思うか。

中国軍が米国の開発した技術を弾頭試験装置やパラサイト衛星などの先端兵器製造に利用する可能性を最小化するために、米国政府は、いくつかの対中輸出禁止措置をとっている 。米中の合弁事業が失敗した後に、米国の技術が中国軍の手に渡る例が多く見られ、最も顕著な例としては、マクダネル・ダグラスが合弁事業から撤退した後、同社の機械がミサイル工場で発見されている 。最近では、ボーイング社とヒューズ・エレクトリック・コーポレーションが、両社が「中国政府に技術援助を提供し・・・衛星に関する詳細な技術データを移転することによって、輸出管理法に違反した」との米国務省による申立を受け、2003年3月、3,200万ドルで和解することに同意した 。

米国政府の禁止措置は、最先端の回路技術その他独自の技術を使った米国製機械を中国企業が購入することを禁止することによって、中国での知的所有権侵害行為を防ぐことも目的としている。こうした禁止措置にもかかわらず、中国ではベンチャーキャピタル事業や外資直接投資が増加を続けている。禁止措置は、単にこうした事業や投資の中国本土における形態を変化させているだけであり、中国企業にとっては、有力な米国の競争力が不在の中国で利用可能な資源を活用する新たな機会となっている。

中国のベンチャーキャピタル事業

中国と外国のベンチャーキャピタル企業はいずれも、中国市場の成長の可能性を活用しようとしている。中国が国際ビジネス社会においてどのような位置を占めることを目指すかが不確実であるため、さまざまな種類の企業にとって可能性が開かれている 。2002年7月、ベンチャーキャピタル企業50社(管理資本総額400億ドル)が、中国ベンチャーキャピタル事業協会を設立した 。国内および国際企業から成る同協会は、中国本土における成長に正当性を加えるものである。会員企業の約3分の1は国内企業、3分の2は国際企業で、国際企業の数が国内企業を上回るが、国内企業は国内でのコネ活用の力を持つため、両者の関係はより同等なものとなっている 。

中国は、米国のベンチャーキャピタル企業にとって大きな可能性を持つ市場であるが、成功への道には「2つの重大な障害」 がある。第1に、外国企業は、「外国人投資家は中国人と合弁事業を設立しなければならず、また資本の25%以上を出さなければならない」とする中国独自の法律に従うため、通常のベンチャーキャピタル事業の慣行を変えなければならない 。この規則の目的は、国内企業とベンチャーキャピタル関係を結ぶ企業が真剣に事業に取り組むようにすることであると思われる。第2に、中国の規制構造のため、ベンチャーキャピタル事業が、新規株式公募あるいは株式公募という従来他の市場で使われてきた手段で投資の利益を得ることが「ほぼ不可能である」 。中国政府は、市場におけるテクノロジー企業の存在価値を認識し始めているが、変動の激しいハイテク企業を証券取引所に正式に迎え入れるには至っていない。したがって、中国でベンチャーキャピタル事業から撤退する方法としては、事業を国際企業に売却する方法が最も妥当である。これは従来の方法とは異なるため、多くの米国のベンチャーキャピタル企業には、そのための能力も人脈もない 。

中国における外資直接投資

中国のWTO加盟と、同国の経済成長に刺激されて、対中外資直接投資は目覚ましいペースで増加している。2002年の外資直接投資総額は、2001年に比べて12.5%増の527億ドルとなった。外資投資による企業数は、2002年に30.7%増加した 。

こうした外資直接投資の流入は、「世界が中国市場を重視していることを表し」 、また企業が中国の比較的安価な労働力や資源を利用することを可能にする。このような労働力や資源の利用は、「中国市場の巨大な可能性を開く」 はずであり、中国のインフラおよび政策環境が改善を続けるに伴い、対中外資直接投資は増加を続けるはずである 。

前述のように、中国政府は、外資投資と中国との関係において極めて重要な役割を果たしている。テクノロジー産業は、過去に中国で事業関係を確立しようとした外国企業が直面した障害を検討し、そこから学ばなければならない。中国の官民の指導層が国内にテクノロジー企業を設立しようとする内部からの意志を利用することによって、テクノロジー産業は、外資直接投資の力を借りて中国国内に健全な基盤を築くことができる 。

前述の通り、ハイテク産業は、過去の例とは異なり、中国での事業運営および中国との事業運営に対する開発支援を中国国内で受けている。米国ハイテク企業は、一般製造企業の体験を将来への指針とし、中国での事業運営の方法を学ぶべきである。そうすることによって、今後、時と共に成功が達成できる 。

禁止措置が米国企業の収益予想に及ぼす影響

輸出禁止措置の悪影響を受けているのは、業界に新たに参入するため、最新式の設備を購入して製造を開始するという選択肢を持つ中国企業であると思われる 。一例を挙げると、上海のチップメーカー、セミコンダクター・マニュファクチャリング・インターナショナル・コーポレーションは、禁止措置のために、「最高のサーキットラインを持つチップを製造する」米国製機械を購入することができない。したがって同社は、別のチップ製造法を探さなければならない。同社の事業開発担当シニア・ディレクターのJoseph Xieによると、これは「より困難であるが、実行可能である」という 。

こうした米国政府の禁止措置は、セミコンダクター・マニュファクチャリング・インターナショナル・コーポレーションのような企業の発展を減速させることによって、コストを増大させている。中国のWTO加盟の結果、中国が半導体チップ輸出において、より強力な役割を果たすようになるに伴い、こうしたコストを電子製品産業が吸収しなければならず、最終的には消費者の負担となる 。禁止措置は、その悪影響を受ける企業の収益をなくし、小売価格を引き上げ、それを世界中の消費者が吸収することになる 。

米国政府の輸出禁止措置は、中国国内の企業に悪影響を及ぼすだけでなく、米国の企業が、比較的安価で豊富な中国の人的資本を活用する能力をも妨げる 。インテルのような企業にとっては、禁止措置による制限によって、効果的な競争の能力が低下する。同社のCEOクレイグ・バレットは、「われわれは最新式の工場しか建設しないが、制限のため、最新の設備やプロセス技術を中国に輸出することができない」と語る 。

先端工場を設計・建設する専門技術を有する台湾人経営の企業は、中国本土へ移転することによって、そうした最新式施設に伴うコストを削減する。一方、米国企業は、競争力を維持するために自らの収益性を下げることを余儀なくされる。テンシリカのCEOクリス・ローウェンは、「長期的には、先端『ディープ・サブミクロン』シリコン製造の輸出制限は(テンシリカの)可能性を制限することになり得る」と言う。

中国では、知的所有権侵害が引き続き大きな問題であるが、そうした侵害活動の最小化を目的とする輸出禁止が、その目的達成にほとんど貢献していない、というのがほぼ一致した見方である。さらに、ソフトウェア、設計、製造等の事業の正当性が増すに伴い、あからさまな知的所有権侵害は減っており、また分解模倣は中国だけに限られた行為ではない。輸出禁止措置は、知的所有権侵害の抑制という意図を達成しておらず、実際には中国の新事業の発展を遅らせると共に、中国国内の労働・技術を活用しようとする米国企業の収益の可能性をなくしている。


6. 中国における広範な知的所有権侵害活動

質問 (6): 知的所有権侵害は、中国に関連してよく挙げられる問題であり、米国政府の輸出禁止措置の基本的な理由となっている。中国では、米国その他の諸国に比べて知的所有権侵害がより広範な問題であると思うか。

一部の米国企業幹部は、中国の知的所有権侵害の問題は、他の開発途上国に比べて特に広範ではない、と述べているが、一方、これは深刻な問題であり、政府の対応は理解できる、との意見もあった。しかしながら、禁止措置の本来の目的を理解する、とした回答者も、禁止措置による知的所有権侵害の抑制効果には疑問を呈した。

アジア・パシフィック・ベンチャーズ社のブライアン・バーンズ副社長によると、彼の調査では、中国における知的所有権侵害発生率は90%以上で、「ある程度の規模を持つ国の中では最高」である 。中国は、まだ正当な事業経営の場として発展途中であり、政府の影響が薄れつつあるため、今後時と共にこの発生率は改善されるはずである 。技術コンサルタントのジョン・ライトは、第2次世界大戦後の日本と韓国でも、知的所有権侵害が同様の規模の問題となっていたが、「国際通信や技術を駆使する経済においては(知的所有権侵害の)問題が目につきやすくなる」、と仮定する 。

また、他の国々でも発展途上においては同様に知的所有権侵害の問題が存在したという見方もできるが、今日の事業社会の性質上、技術知識のある人々がソフトウェアの盗作をする機会が増えていると共に、規制機関や企業がそうした盗作を発見する機会も増えている 。さらに、中国企業が知的所有権侵害行為によって利益を得ているという事実が、新しい技術(特にソフトウェア)への中国のアクセスを制限する追加的な根拠となる。

一部の業界専門家は、中国における知的所有権侵害発生率の高さの理由として、知的所有権に対する理解の欠如と、中国政府が技術産業を支援してきた背景を挙げている 。サン・マイクロシステムズ等の企業が研究所を移転していることが示すように、中国国内でソフトウェア産業の受容度が高まるに従い、過去に知的所有権侵害を実行する技術を持っていた者が、ソフトウェア自体の価値を認識するようになる。これらの専門家の予測では、認識の変化に伴い、また中国政府自体の内部で知的所有権侵害が抑制されるに伴い、中国の知的所有権侵害発生率は低下する 。

こうした予測に鑑み、米国政府および業界専門家の、知的所有権侵害に対する恐怖心は、誇張されたものと言えるかもしれない。知的所有権侵害が米国企業に及ぼす影響を抑制するために米国政府が取った輸出禁止措置は、そうした米国企業を大きな危険にさらす。知的所有権侵害に対する恐怖心は、これらの米国企業が中国に施設を設立し、中国の資源を活用する能力を制限することによって、米国テクノロジー企業の競争力を低下させる 。

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