98年4月  JEIDA駐在員・・・長谷川英一

米国産業におけるIT活用の動向(後半) -6-


(3)公益事業

 米国における2大公益事業セクターの通信と電力は、現在大規模な規制緩和の渦中にあり、このことは、両者のIT投資の傾向にも大きな影響を及ぼしている。従来、通信業界と電力業界のIT投資は、かなり異なるパターンで推移していた。通信業界は、ビジネスにおけるデジタル技術の重要性を反映して、米国産業界の中でもITにかなり高水準の投資を行ってきた。これに対し、電力業界は、元来新技術の導入に積極的ではなかった。91年における実績を比較すると、通信事業者が従業員1人あたり平均17,500ドルのIT投資を行ったのに対し、その他公益事業(電力の他にガス・水道などを含む)全体の平均は、その約半分の8,900ドルに留まっている。(この年、通信事業者のIT投資が極めて高かった理由の一つは、米国の長距離電話事業が他分野に先駆けて自由化され、競争が激化していたことにある。)

 米国の通信業界は、84年のAT&T分割によって長距離電話事業とローカル電話事業が分離されたが、このことは、IT投資の戦略的重要性を極めて高いものにした。特に、長距離電話分野では、自由化による競争が始まると、各社が競ってITに投資を行い、技術力による差別化を図ろうとした。スプリントが、早くから光ファイバー通信網に巨額の投資を行い、「針1本の落ちる音も聞こえる」をキャッチフレーズに、ネットワークの質を強調するマーケティングを展開したのはその好例である。同社のこうした戦略は、競合する長距離電話大手のAT&TとMCIにもファイバー網整備を急がせる結果につながった。さらに80年代終わりには、MCIが顧客による通話記録の管理分析システムを洗練化し、「MCI加入者間の通話なら割安な特別料金を適用する」といった新しい顧客獲得戦術を編み出し、電話会社のIT活用法を大きく変えた。一方、分割後にフラット料金のローカル通話だけを提供することになった地域電話会社は、収益源であった長距離通話の穴を埋めるため、コール・ウェイティング(日本のキャッチホンに相当)、発信者ナンバー表示、通話転送などの付加価値サービス開発と、それを可能にする高度ITの導入に力を入れ始めた。

 対照的に、電力セクターにおいては、本格的競争の時代はまだ到来しておらず、新しくITに投資する必要性も薄かった。そのため、電力業界におけるIT投資は、これまで、主にコスト合理化や省エネルギー化を命じる各州の公益事業規制当局の指導を受けて行われるものであった。しかし最近では、事業者が独自の経営判断から一層の効率化を狙いとするIT投資を行う例も増えている。個別世帯単位で電力消費を削減して設備コストの増加に歯止めをかける(例えば、需要がピークに達する夏季の消費量を自主的に減らすことに合意した世帯には割引料金を適用するといった措置)「需要側管理(DSM)」がこの例である。

 規制緩和と競争が大きな意味を持っている通信業界にとっても、これから意味を持ち始めようとしている電力業界にとっても、今後、ITがビジネス戦略に占める重要性は益々高まっていくと予想される。また、それに伴って、ITの役割も、「効率化」や「社内インフラ管理」から、サービス内容の革新・充実化による「顧客サービスと顧客満足の拡大」へと移行しつつある。自由化をきっかけとして、既存の顧客ベースの上に安住することが許されなくなった公益事業者にとって、顧客を維持し、余剰コストを抑えながら新しい価値を創造していくことが、最優先の目標となっているのである。また、サービス提供に当たって複数の事業者が協力することが多い公益事業においては、今後サービスが多様化するに伴って、事業者間の連携とコミュニケーションを支援してサービスの安定供給を可能にするという意味からも、ITへの需要が高まると考えられる。

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